マインドマップのブランチ。
その働きについてこれまでに様々な考えを述べていた。
具体的には、メタメッセージだと、また意識の輻輳を起こすのだと。
今回は、また別の前言とは異なる新たな所見を付け加えたい。
ブランチは、連想というアンカリングを中和している。
中和することで、型どおりの固定的な思考から人を解放している。
アンカリングは、NLPの用語だった。
その意味は、簡単に言えばある刺激が反応を起こすことだ。
その1つは、古典的なパブロフの犬として周知のことだろう。
その事例では、ベルの音が犬に唾液を出させていた。
つまり、聴覚的な刺激が反応を引き起こした。
加えて、アンカリングはその他の刺激も射程に入れている。
刺激は先の例のように聴覚だけではなく、視覚や身体感覚も含める。
反応は大きく内部と外部の2つにわたる。
内部は身体と表象に分かれ、外部は振る舞いや表情に表れる。
更に、内部の表象は、視覚や聴覚、身体感覚に細分できる。
アンカリングの事例をあげよう。
古い町並みの中に、昔懐かしい駄菓子屋を見たとしよう。
そこには、子どもの頃に口にした色とりどりのお菓子が目に映る。
すると、どうだろう。
子どもの頃の思い出が走馬燈のように心に映らないだろうか。
また、子どもの頃に口ずさんだ歌が心に再演されていないだろうか。
あるいは、幼心にワクワクした気持ちが満ちて来るかもしれない。
これが、視覚的な刺激と内部反応の事例だ。
内部反応としての表象が、視覚や聴覚、身体感覚に現れている。
さて、前置きとしてのアンカリングから話しを先に進めたい。
マインドマップの言葉は基本的に連想で書き進める。
そうするとき、何かの介入がなければどうだろう。
連想は連想ゲームのようについ定型のものになりがちだ。
つまり、考えは広がるものの、型にはまった言葉を書くことになる。
これでは、新たな発想を得るどころではないだろう。
1つの言葉が刺激になり別の言葉を誘う。
内部の反応であるが、これまたアンカリングだ。
アンカリングは船が錨によって定点に居続ける様に似る。
刺激と反応との関係が錨と船の関係に似て、一定なのだ。
ある言葉の刺激が別の言葉を誘うのだが、一定のパターン作られる。
もしそうなら、これが紋切り型で自由な広がりを欠いた思考だ。
そうなる原因の1つがアンカリングといえるだろう。
では、マインドマップのブランチを書くときに何が起こるだろうか。
そう、ブランチを書いているときに、連想の流れに変化が生じる。
1つの表現をすれば、連想の中に肯定的な忘却を招いている。
連想に「A→A1→A2→A3・・・→An」の流れがあるとする。
この流れはAの亜種が派生するアンカリングに支配されている。
ところがブランチを書くことがこの繋がりを緩める。
そこでアンカリングがきれて、新たな思考の広がりが始まる。
Aだけでなく、BやCといった違った要素が入り込む。
ここにもある種のアンカリングがあるかもしれない。
だが、最初の固定的な流れとは大きく違うだろう。
これはコンテクストを変えることと同義だ。
固定的な連想はアンカリングと述べた。
その好例がテレビCMのキャッチフレーズに散見される。
「元気ハツラツゥ・・・」であり、「ファイト一発・・・」だ。
その固定的な連想にブランチを書く時間が連想に中断を強いる。
最初の言葉から次の言葉が連想されるアンカリングの自動性を断つ。
定型の、つまりワンパターンの連想を肯定的に忘却させている。
このことを冒頭でアンカリングを中和すると申し上げた。
換言すれば、ブランチを書くことは連想に間をとることだ。
間をとることで、刺激と反応つまり連想と連想の関係を改められる。
そうして新たな連想、引いては発想を醸成しているのである。
ここに着目すれば、ブランチを書くメリットが鮮明に見えてくる。
アンカリングの中和と言うと分かりにくいが、要は間をとる。
それが、手間をかけてマインドマップのブランチを書く意義だろう。
こうして、自動的で定型的に考えるのではなくより自由に考えられる。
そのための装置としてマインドマップのブランチを書くのである。
マインドマップのブランチは思考に間を取れと教えているのだ。
ブランチを書く行為は人を自由な思考に導いているのである。
記、公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島千穂です。
講座ではNLP的な観点からも近藤は講義を展開します。
今月、来月とマインドマップ基礎講座に近藤が登壇します。
マインドマップの他に様々な話しが展開する基礎講座に参加しませんか。
http://www.kondotetsuo.com/mindmap/seminar/MindMap_Basic/index.html
マインドマップの書き方について先日質問をいただいた。
「なぜ手間をかけてブランチを書くのですか」との問いだった。
忙しい時になぜ書くのか、と言うのが正直なお気持ちだ。
プライベートならまだしも、忙しい仕事で手間をかけるのは疑問。
なるほど、その視点からお考えには多いに共感できるところがある。
なかなか良い質問だったので、その回答をここにご案内したい。
確かに、ブランチ(枝状の線)を書かなくても良さそうだ。
しかし、ブランチはやはり書いた方が良く、結果的に得をする。
理由は3つある。
第一に、ブランチを書くことで思考プロセスを表示できる。
まず、ブランチを書かないとどうなるか。
セントラルイメージの周りに思いついた言葉を書き散らす。
書いている途中や、書いて数時間は自分の考えを再現できる。
だが、時間がたつと書いた過程に忘却が訪れる。
自分が何からはじめて、どう考えたのか思考の過程を想起できない。
数日後に見なおしたときには、暗号メモを見る気分になるだろう。
逆に、ブランチを書けば次のようなことが分かるだろう。
最初に書いた枝の言葉から自分が何をどう連想したか。
最初に書いた主張をどんな事実と論拠で支えようとしたか。
最初に書いた抽象的な概念をどのように具象化したか。
以上をブランチの繋がりを追うことで思い出せる。
つまり、連想や論理や抽象化など思考プロセスを再現できる。
再現できれば、そこから新たな思考を展開できる可能性も開ける。
第二に、太さの変化や曲線でブランチを書くことで連想を豊かにする。
ブランチは、根本を太く先端を細く線の幅を変えつつ、曲線で描く。
こうすることで、視覚的な変化が動きや流れなど新たに身体感覚を誘う。
赤い色が情熱を、青い色が落ち着きを感じさせるのと同じだ。
つまり、ここに共感覚のプロセスが発生する。
先の枝に書いた言葉からだけの連想に共感覚が重なる可能性がある。
こうして、言葉から言葉への尻取り的で短絡的な連想に幅が出る。
連想が単なる連想ではなく深みのあるものにもなるだろう。
連想に幅や深みがもたらされるのだ。
第三に、発想の飛躍がもたらされる。
これは、第二の共感覚による影響に似ている。
だが、それ以上の思考プロセスをここに見ることができる。
次の言葉を書こうとするとき、尻取り的な言葉の連想が既に始まる。
だが、ブランチを書くことで、その連想に間が空く。
間が空いた思考プロセスに意識の輻輳(サイドバンド)が起こる。
一説に、右脳は毎秒一千万ビットの情報を処理している、と言われる。
その情報が、ブランチを書くことによる中断で、左脳に流入するのだろう。
その流入がウェインガー博士が言うところの意識の輻輳だ。
ブランチを書いているとき、中断で退屈した脳は勝手なおしゃべりをする。
そのおしゃべりが意識の輻輳だが、これが発想の飛躍をもたらすことになる。
ウェインガー博士が提唱するDEAM手法と同様のことが起きている。
DEAMは、ある課題に対する自問と回答の記録を繰り返す。
またはその自問の途中で自己回答を素早く記録する。
同様のプロセスがブランチを書くことで起こる。
ブランチを書くことは、自問することと似てくる。
だからDEAMと同様のことが起きていると述べた。
こうして言葉からの単なる連想ではなく、意外な言葉が新たな枝に載る。
なぜその言葉を書くのか分からないが書いてみたら斬新なもの言いとなる。
この流れから、アイディアがそこに書かれるように、ブランチをわざわざ書く。
更に言うなら枝を書き終わってから、言葉を書くことにこだわらない。
枝を書いている途中で、閃きがおりてきたら、その瞬間に言葉を書くことだ。
閃きの言葉を書いた後に、途中にしていた枝を書いても良いくらいだ。
枝を書くことは目的ではなく、あくまで思考を展開する補助手段だからだ。
以上、3つの理由から、ブランチは書いた方が良い。
閃きも得やすくなるので、アイディアが求められる今だから得になる。
記:公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島千穂です。
多角的な視点からマインドマップ基礎講座を近藤が展開します。
9月、10月とマインドマップ基礎講座にも近藤が登壇しますよ。
http://www.kondotetsuo.com/mindmap/seminar/MindMap_Basic/index.html
マインドマップ基礎講座でよくあるご質問がある。
その1つが「創造力をつけるにはどうすれば良いか」である。
確かに、マインドマップを書くことがその方法の1つだとお答えする。
だが、それに加えて音読することもおすすめしている。
音読することで脳を鍛えることが可能だからだ。
音読で鍛錬できる部分が脳の前頭前野と言われる部分である。
書いて字の如く、脳の前の部分に当たり、額の奥にある脳の司令塔だ。
司令塔と言うのは、この部分が脳全体の働きを左右するからだ。
例えば、記憶、理解、判断、コミュニケーションを司る。
また、ここは言葉を組み立てる働きもする。
実は、言葉を組み立てる働きが創造力の源である。
これについては以下の検証がなされている。
東北大学の川島先生が次のような脳活動の計測をされた。
脳活動を調べる装置に被験者が横たわる。
被験者に「ねこ」と言う言葉を考えてもらう。
次に、「はしご」という言葉を考えてもらう。
この時、言葉を組み立てる脳が働く。
次に、その言葉に見合ったイメージを想起する脳が働く。
つまり、イメージすると言っても実際は言語の脳が活動する。
そして、被験者に世の中にない「ねこはしご」を想像してもらう。
この想像は、世の中にないことをだから、まさに創造的な発想になる。
すると、言葉を組み立てる脳が働き、イメージを想起する言葉が働く。
ここから、創造的な思考とは、言葉を組み立てる働きだと分かる。
よって、この働きが強いほど、創造的は思考の力が増すと想定される。
言葉を組みたてる力つまり言語力を要する音読を継続するとどうか。
国際的な心理テストで、創造力が向上することが検証されている。
こうして、創造力を鍛えるには、音読を継続することだと分かった。
音読する内容は何でも良い。
更には日本語でも英語でも、その他の言語でも良い。
とにかく、文字になっていることを声に出して読むだけだ。
音読は1日に5分ほどの音読を続けると先のように創造力がます。
また、音読は言語野を含む前頭前野を鍛えるので記憶力が向上する。
これまた心理テストで1ヶ月続けるだけで2割も向上すると分かっている。
創造的な発想は既存のものと既存のものの新しい組み合わせだ。
だから、既存のものを多く記憶しておく方が組み合わせが多く作れる。
つまり、発想は記憶に比例しているから記憶力がある方が良いだろう。
こうして、さらに記憶力も鍛えられる音読の大切さが分かってくる。
ここから、創造力をつけるには音読を継続することだ。
さらにいえば、マインドマップでは言葉を書く。
言葉の持ち手が多ければ、考えを的確に書き表すことができる。
つまり、言語力があれば、比例してマインドマップも上手く書ける。
そうなれば、マインドマップでよりよく創造性を発揮もできるようになれる。
マインドマップを書くときは言語脳を使っている。
だから、マインドマップは言語脳を鍛える方法でもある。
ここにからマインドマップと音読の好循環が見えてくるだろう。
もちろん、音読もマインドマップも継続が一番の鍵となる。
継続すれば抜群の効果が得られるが、しなければ効果は得られない。
一方、効果性を耳にしても、不思議なことに多くの人は継続をなされない。
理由は、眠いとかつかれたとか、あきたからとか色々だ。
でも、それらの理由は、表面的かもしれない。
一番の理由は変化を求めつつ、実際は変化をしたくないのだろう。
下手に創造力がつくと、あれこれやりたくなってしまうからだ。
それで何か問題でもあるのか、と思われるだろう。
だが、事実は、問題でもあるかのように音読を止めてしまうのだ。
同様にマインドマップを書き続けることを止めてしまう方もいらっしゃる。
あれこれやり始めると、周りからいぶかしかがられ、あらぬ批判がくる。
要は「出る杭は打たれる」と言う現象だが、誰しも打たれたくない。
だから、継続すると確実な変化がある音読を止めてしまうのだ。
これが変化を求めつつも現場維持をしたい人の常だろう。
随分と愚痴っぽいことを書いてしまった。
話しをもどそう。
創造力をつけるにはマインドマップを書き、音読をすること。
どちらも、継続してこそ能力を上げ続けることが可能だ。
ここに選択がある。
継続は力なりを選ぶか。
現状維持を選ぶかである。
もちろん、現状維持は決して悪くはない。
だって、多くの人は現状維持でご満足なのだから。
ここに気づいた方は何が違いを作るのかをもうご理解だろう。
記:公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島千穂です。
創造力アップの方法も講座で近藤はお話ししています。
9月と10月のマインドマップ基礎講座にも近藤が登壇しますよ。
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先日、マインドマップの書き方の綺麗さについて述べた。
結論は、見た目の綺麗さは2次にして、中味の綺麗さが大切とした。
対して「両方綺麗にするにはどうすれば良いのでしょう」とご質問があった。
なるほど。
ごもっともなご質問である。
見た目も中味も綺麗に描けたらそれに勝るものはないからだ。
議事録のようにリアルタイムで書くマインドマップなら特にそうだろう。
議題は進行し、発言者はマインドマップに合わせて話しをしない。
講座やセミナーでも講師の話しは待ってはくれない。
そんな状況下、両方できるマインドマップの書き方ができたら。
そう考えるのは、自然なことかもしれない。
と言うのは、東大生のノートは綺麗、と喧伝されることもあるからだろう。
確かに、記録は見た目も綺麗であるに超したことはない。
その方があとで見返すときも判読性が高い。
では、どうするか。
長年のマインドマップ歴から見つけた方法を開示しよう。
気づけば簡単なことだが、2ステップでマインドマップを書くのだ。
1ステップ目は鉛筆でサラサラと下書きをする。
画家が用紙に柔らかく濃いめの鉛筆でデッサンするように軽く書く。
デッサン感覚なので多少間違っているようでもスピーディーに書き進める。
セントラルイメージは楕円に言葉を書いて終わる。
ブランチは単線で直線でドンドン伸ばして行く。
とにかく時間短縮を心がけて書き進める。
情報を漏らさず書くことが大切。
書き間違っても後ほど説明するように修正できるので安心されたい。
繰り返すが、ポイントはリアルタイムに情報を書き取ることだ。
2ステップ目は下書きの上から仕上げをする。
仕上げは会議後や講義終了後に時間に余裕をとって進める。
事前に申し上げるが、2ステップ目には記憶を高める効果がある。
また、1ステップ目で間違って書いていたことにも気づける。
あるいは、時間をおいて情報を見なおすので発見もある。
2ステップを踏むことは面倒だが、それ以上にメリットがある。
仕上げにはもちろん、カラーペンを使う。
セントラルイメージやブランチもルールどおりに書く。
言葉を書くときは点検しながら進める。
下書きのものが正確か。
話の筋や論理を構成しているか。
根本的に必要かどうか。
それらを点検しながら丁寧に仕上げ書きする。
このステップで記憶や学習といった面でメリットが生じる。
そのことをエビングハウスの忘却曲線が示唆している。
あることを頭に入れても1時間後には56%を忘却する。
1日後には74%も忘却する。
その忘却を2ステップ目で回復できる。
綺麗に仕上げたものを後日に見れば更に忘却を防げる。
このことはどうだろうか。
忘れても構わないような会議の内容なら必要ないのは事実だ。
ところが、大枚をはたいて参加した講座やセミナーがそれでは困る。
内容を忘れるようでは、投資したお金や時間が無駄になるからだ。
お金は無駄にしてもあとで稼げばどうにかなる。
だが、時間は無駄にしたら取り返せない。
その点から考えると2ステップ目が大きな意味を持つ。
話しを2ステップ目の書き方に戻そう。
カラーペンで見た目も整えつつやって欲しいことがある。
それが、構造化だ。
書き付ける情報を分類し、階層化し、序列化する。
階層化には、抽象度や因果率を導入する。
換言すれば、論理を構成するように書き進める。
この時点で、下書きが書き換わることもあるだろう。
序列化には、記号や番号や矢印を使う。
話しの順序や、論理に合わせて情報の固まり毎に付記する。
例えば、講義の内容を自分が再現するつもりになると序列化が進む。
そうして、序列化したマインドマップは記憶の定着も高い。
構造化まで進めたら、最後の一手間をかける。
カラーペンのインクが十分に乾いたら、消しゴムで下書きを消す。
消すときも、仕上げとの違いを確認しながら、鉛筆の下書きを消していく。
ここも意識してやれば、復習効果が多いに期待できる。
さて、こうした2ステップのマインドマップはどうか。
見た目も綺麗で中味も綺麗になる。
手間はかかるがその分の見返りも十分に期待できる。
余録だが、見た目の綺麗さも演出できるので衆目も集めやすい。
そこで自尊心も満たせることもあるかもしれない。
その意味においても2ステップの書き方をお勧めできる。
記:公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島千穂です。
色々な裏技をマインドマップ基礎講座で近藤がお話ししています。
9月のマインドマップ基礎講座にも近藤が登壇しますのでご参加下さいね。
http://www.kondotetsuo.com/mindmap/seminar/MindMap_Basic/index.html
先日、マインドマップ基礎講座で次のご質問をいただいた。
それは「マインドマップの書き方は綺麗な方が良いですか」である。
このご質問には背景がある。
書籍は雑誌で紹介されているマインドマップが見た目に綺麗なことだ。
もちろん、見た目が汚いより綺麗であるに超したことはない。
書籍や雑誌には確かに綺麗なマインドマップが並んでいる。
一方、見た目が綺麗なマインドマップが掲載されるにはわけがある。
その訳は、ズバリそれらが売りもであることだ。
売り物だから、見た目は汚いより綺麗な方がお鳥目はいただきやすい。
よって、見本は見た目が汚いものより、綺麗なものが掲載される。
しかも、綺麗なマインドマップは絵心のある方の作品が中心だ。
同様のことをあげてみよう。
現在は野菜の価格が高騰している。
ところが低価格の規格外の野菜が店頭に並ばない。
規格外とは色がくすんだり形が悪いものを言うそうだ。
つまり見た目が綺麗ではないもののことだ。
味や栄養価は規格品と同じだが見た目が汚いと表に出ない。
そのことと綺麗なマインドマップが掲載されることとは同じだ。
この背景を見落としついマインドマップは綺麗に書くべきだと思う。
そうでないかもしれないが、そう思う方は少なくないだろう。
一応、お断りしておく。
長年、建築設計の仕事をしていたので綺麗にマインドマップは書ける。
また、綺麗にマインドマップを書く手先の技術には事欠いていない。
その上で見た目を綺麗にすることにこだわることに警鐘を鳴らす。
さて、実質的な点に言及された冒頭の質問は素晴らしい。
その観点に驚嘆しつつ以下のようにお答えした。
「見た目も綺麗に超したことはありません。
それより大事なことは中味が綺麗かどうかです。
論理や話しの筋が構築され企画書やスピーチの草稿になっているか。
なっているのであれば中味が綺麗なマインドマップであり、
なっていなければ汚いマインドマップです」と。
そのような回答が口をついて出た。
振り返って見て、あながち的外れではない。
マインドマップは思考のツールであり、目的ではないからだ。
ここをはき違えると見た目に囚われて、生産性を落とすことになる。
そうではなく知的生産性を上げるには見た目は二の次にすべきだろう。
でなければ、マインドマップはいつまで経ってもお絵かきにとどまる。
趣味や楽しみで書くのならそれでももちろん構わない。
また、楽しみで書くマインドマップを書くことは決して悪くない。
だが、書籍を買ったり、講座に参加したりして投資をするならどうか。
また市場原理と対極の教育で用いるのならそうあっても良いだろう。
だが、投資や労力に見合う生産性は考える方が宜しくないだろうか。
ここから、見た目の綺麗さに注力するより、中味を重んじる。
その方が宜しかろうと申し上げたい。
「どうすれば中味が綺麗になるのか」とご質問があるだろう。
ズバリ申し上げれば、構造化を進めることだ。
単に、想像と連想でマインドマップを書かない。
つまり、ミニマインドマップで終わりにしないことだ。
ミニマインドマップはあくまでマインドマップではない。
そうではなく、マインドマップを書くべきだ。
想像や連想から、思考を階層化や序列化を進めることだ。
その2つを進めることで、論理を構築しストーリーを作れる。
論理やストーリーが構築されたとき、中味が綺麗なものになる。
見た目は、矢印があり囲みがあり番号や記号が付記された様子だろう。
つまり、構造化が進んだ痕跡が、当然のこととして紙面に展開する。
その様子は、ゴチャゴチャと見た目は雑然とするかもしれない。
そうかもしれないが、そうすることで中味が整然なるはずだ。
論理に代表されるような構築されるべきものが形を成し、
あるいは企画に不可欠な斬新なアイディアが生まれるからだ。
以上をまとめよう。
見た目の綺麗さより中味の綺麗さが大事だ。
そうするには、構造化を進めて書く目的を果たすことである。
記:ブザン公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島です。
中味の綺麗さをマインドマップ基礎講座で学びませんか。
9月のマインドマップ基礎講座にも近藤哲生が登壇しますよ。
マインドマップ基礎講座で次のご質問を受けた。
「マインドマップで覚えたいことを書けば1度で覚えられるでしょうか」と。
本件は興味深い質問だ。
多くの方が興味を持たれることかもしれない。
そうでないかもしれない。
いずれにしても、記憶力が強くなることは関心があるだろう。
あるいは覚えたいことがある時は誰でもそう望んだことだろう。
特に、試験勉強をする時やプレゼンの準備をする時だ。
1度で覚えられるものなら、そうして覚えられることはとても望ましいだろう。もちろん、そのように考えたことは、正直に告白すれば以前に何度もある。特に資格試験の勉強をしている時は、そうだった。
では、現実はどうだっただろうか。
現実は「何度も」と告白したように、1度では覚えられなかった。
1度で覚えられなかったのは、能力の高低ではなく、それが自然なのだ。
どうして自然か。
説明すれば、脳がそうするのだ。
脳は重量比で体重の数パーセントしかない。だが、体全体が使うエネルギーのなんと25%を消費する。だから、生命維持も担う脳自身の働きから、省エネに働く。無駄にエネルギーを使わないように働くのが自然な脳の仕組みだ。
一方、何かを銘記し、それを記憶に変える。
そして、記憶を長期に保持することはそれだけエネルギーを使う。こうして、あれもこれも覚えようとすることはエネルギーを消費することになる。
つまり、一度であれもこれも覚えようとすることは、脳の仕組みに反する。よって、脳の仕組みから1度であれこれ覚えられない。
だから、冒頭に「1度で覚えられないのは、自然なのだ」とした。
また、1度で覚えられないことは、自然というよりある種の恩恵かもしれない。もし、全てのことを1度で覚えるようなことになれば、エネルギーを瞬く間に消費するからだ。
この事態はエネルギーを多量に必要とするような緊急事態に際したら、生命の危機を意味する。それでは困るので、危機に瀕しないようにエネルギー消費を抑える脳の仕組みが働く。だから1度で覚えられないことは、生命維持の観点から恩恵となる。
では、1度で覚えられないのなら、どうすれば覚えられるのか。
ここにまた脳の性質が関係している。
脳は生命維持も担っていた。
生命維持に関係していることなら別の仕組みが働く。
その仕組みを記憶の公式から始めよう。
繰り返しの回数×1回あたりのインパクト=銘記(記憶→保持)
左辺を説明しよう。
「繰り返しの回数」は同じことを何回繰り返したかの数だ。
「1回当たりのインパクト」は感覚や感情など各要素の強烈さだ。
特に、強烈さを取りそろえた典型が映画だ。映画は、まず感覚の強烈さを備えている。具体的には、カラフルな映像と、流れるようなメロディーと響きを帯びた音楽と、そして特殊な効果音で体を揺らす。
次に、ストーリー展開を使って笑いや恐怖といった感情的な強烈さを聴衆に与える。このように映画は強烈さを揃えているから、映画の内容を覚えようとしなくても、1度で確実に心に残る。
今度は右辺を説明しよう。左辺の値が低ければ、まず銘記が起こる。短ければ数分で忘却がはじまる。あるいは、数日間は覚えておける。
左辺の値が大きくなってくれば、銘記は記憶になる。数週間から1ヶ月くらいの間は覚えておける。中期記憶と呼べるものだ。
そして、左辺の値がさらに大きくなれば、数ヶ月から数年、場合によっては生涯にわたって覚えておける。つまり保持が起こる。これが長期記憶であり、試験で求められるものだ。
右辺は左辺の値で変化した。
左辺の積をどれだけ大きくするかで決まる。
例えば、試験勉強で考える。よほど特殊な才能の持ち主でない限り、法律の文言やテキストの内容に感覚的な、あるいは感情的な要素を感じにくいから、インパクトは低い。ここから、銘記を記憶に、記憶を保持に変えるには、繰り返す回数を増やす。
そう、1回で覚えられるような奇蹟が起こりにくいことが見えてくる。つまり、1回で覚えられないのだ。だから、繰り返し過去問を解いたり、英単語を発音したりする。だが、別の働きを起動させる可能性もこの公式が教える。
先に、インパクトが低いから繰り返しが求められるとした。
だから、逆にインパクトが高ければ、繰り返しの回数は少なくて済むのは当然だ。
その典型が、トラウマ的な記憶だ。皮肉にも、感覚的な、そして感情的な要素が揃っているからこそ、1度で銘記から記憶、そして保持へと脳はその出来事を保存する。
別の見方をすれば、トラウマのようなインパクトの高い体験は生命維持にかかわる。トラウマ的な体験でなくても、感情が揺さぶられるようなストレスの高い出来事は体に悪い。
例えば動物に襲われて恐怖を覚えるような体験は、できうる限りその再来を避けなければならない。避けられなければ命が危うい。また避けられない個体は生き残れない。
危うさを避けるためにはそれを経験した時や場所を脳に確実に保持することだ。それが、命を脅かすことの再来から身を守ることになり生命維持に役立つ。
まとめよう。ある出来事において1回当たりのインパクトを高くすることは、そうした生命維持のシステムを起動するから、銘記や記憶ではなく保持になる。決して、トラウマ的な体験をすることをすすめているのではない。
そうではなく、その仕組みを利用したものが、映画であり、効果的な勉強法である。ひいては「マインドマップで覚えたいことを書けば1度で覚えられるでしょうか」とした問いの答えになる。
つまり、インパクトを高くすればよいのだから、視覚や聴覚や身体感覚などできるだけ多くの感覚を動員し、感情的な要素が強まる環境でマインドマップを書くことだ。どこにそのような環境があるのかとお考えだろう。だからここからその答えを述べたい。
答えは、拙著で述べたティーチング勉強法をすることだ。自分が覚えたいことをマインドマップに書きながら人に教えてみることだ。と答えを見て気持ちがひいているだろう。なぜ、気持ちがひくのか。その状態がインパクトの高さを暗示しているからだろう。
そう。お察しのとおりである。人に教える場面には、緊張感やドキドキ感がある。下手をすれば死ぬほど恥ずかしい目にあう。逆に、上手くいけば賞賛がり高揚感がある。つまり、感情的な要素が十二分に揃っている。
そして書いているマインドマップに自分は刮目し、周りの意見を聞きながら、もちろん書くために動いているだろう。
このように、ハイインパクトな環境が人に何かを教える場面だ。だから、少ない回数で、上手くいけば1回で覚えることを望むならティーチング勉強法を実践することだ。
講師という人種は職業柄これを自然に実践している。だから、次々と新しいことを覚えられる。だが、恥をかく可能性もあるので、リスキーな仕事でもある。だが、記憶の面では、お鳥目をいただきながらものを効率よく覚えられるので、得もする。ありがたい。
記:BLI&NLPトレーナー、近藤哲生
最後に、近藤哲生事務局の西島からお知らせです。
そのような質疑応答も十分にできるチャンスがあります。
近藤が担当するマインドマップ基礎講座です。
先日のことだ。一気に、あるいはやっと、ご存じのように国会が解散になった。
恒例なのだろうか、国会議員の先生方が天に拳を突き上げての「ガンバロー」コールをなさっている場面をある報道番組で目にした。国政を賭けてそれぞれの政党が気勢を上げる一見威勢の良い場面だ。
ところが、各政党でその場面が微妙に異なる。ある政党は意気揚々と、ある政党は声とは裏腹に各人の思惑がにじみ出て別の空気が流れていた。
ある政党のガンバロー場面を拝見しつつ、それでは頑張れまいと失笑してしまった。
もちろん、これまでの政局の流れがあるから仕方がない。だが、口では「ガンバロー」と言いつつも、表情が死んでいる。あるいは、諦めの表情をしている先生方がいらっしゃる。
ご本人たちはご存じないだろうが、そうしながら「ガンバロー」とシュプレヒコールをやっていると、あることが確実に訪れる。もしくは、「ガンバロー」と声を聞く度に、ある状態が再現される。
ある状態とは本人の意識とは無関係に頑張れない状態が再来することだ。ご本人はお気づきではないだろうが、NLPで言うアンカリングというものが成立するからだ。
アンカリングとは、ある感情である動作をすると、動作と感情が緊縛されることだ。つまり、ある動作をしたらある感情や状態が導かれるように条件付けが成立する。人におけるパブロフの犬で知られる状態である。
アンカリングは感情や状態が強ければ、ご本人の意志とは関係なく、1度で見事に成立する。加えて、ある状態と動作の関係はくり返される程に強固になる。ある状態は意識的な状態だけではなく無意識的な状態も関係する。
状態とは、諦めややる気といった感情や、元気や落ち込みなど体の感じだ。それが、動作や言葉をする度にアンカリングの仕組みが発動して再現される。
ここで、学生時代を思い出して欲しい。英語の授業で正しいと思って自信満々に、例えばradioの「レィーディオ」と発音をしたことを教師に「おかしい」と指摘される。
ついでに「レィーディオだって、格好つけて」と同級生と揶揄されたとしよう。すると、思春期の敏感さもあいまって、強い羞恥心や憤りを感じる。
すると、どうだっただろうか。それ以来、英単語を発音すると嫌な目に遭うと無意識のうちに条件付けが成立し、英単語の発音が嫌になる。引いては英語の授業が嫌になったことはないだろうか。
極端な例かもしれないが、英語に限らず他の教科でも、そう言う経験が1度や2度はないだろうか。そうなるのは、英単語の発音をすると恥をかくという条件付け、つまり英語にマイナスのアンカリングが成立したからだ。
余談だが、アンカリングは学習が進行している状態だ。学習をなすところが教育だが、教育関係者の一部は、パブロフの犬を概念的にはご存じでも、それと同様のアンカリングの仕組みを「学生は犬ではない」としてか知ろうとしない。
そのためか、知らず知らずのうちに勉強嫌いを大量生産なさっている。もちろん、これは教育関係者の方々の能力不足をあげつらっているのではない。そうした仕組みは教育会だけではなく、世の中の多くで知られていないだけだから仕方がない。
閑話休題。解散後のシュプレヒコールの場面で声だけ「ガンバロー」を発せられていた先生方は、解散後にそれぞれに強い感情をもとに声を出し、拳を天に突き上げられたことだろう。
だが、その感情がプラスであれば、プラスのアンカリングが成立している。だが、諦めや戦う前からの敗北感がありながら、表面的に気勢を上げておいでだったら未来はある程度決まっているかもしれない。
「ガンバロー」と言う度に、その感情がアンカリングの発動と友に再来するからだ。だから、とってつけたような、取り繕いのガンバローでは頑張れない。その動作や声を上げる度に、国会が遠ざかる先生方がおいでになるだろう。こうして、与野党の逆転が生まれるのかもしれない。それはそれで慶賀の至りである。
ただし、この状況は笑ってばかりはいられないかもしれない。こうした状況は、企業における研修で数多く散見されるからだ。研修にかり出された社員は嫌々ながら儀礼的に「ガンバロー」とシュプレヒコールをする。
だが、その状態や感情は冷ややかなものだとどうだろうか。ご拝察のとおり、そうすること事態がやる気のなさや組織に対する冷ややかさを強化する。研修の効果が見事に一度で確立される。
もちろん、マイナスのアンカリングをプラスに転じる方法がある。マイナスの状態が去来するアンカリングが成立しているのだから、プラスのアンカリングが成立することも同様にして可能だ。
アンカリングの中和というテクニックが使えるからだ。だが、そのテクニックをここで安直に述べることは誤解をまねく恐れがあるので控えたい。
これから本格的な選挙戦が始まる。各先生方の活躍を心よりご祈念申し上げるばかりである。NLPの視点から国会や国政選挙をみると面白くもある。
NLPトレーナーでもある近藤がリードするマインドマップ基礎講座はこちら。
「フィッシュボーンノート術」を読了。
フォレスト出版発行、著者は駒井伸俊氏だ。
久しぶりにフィッシュボーンのノウハウを再考できた。
書籍の内容は、フィッシュボーンの特徴や効果から始まって、仕事術や自己実現まで幅広い分野への応用例までが紹介されていた。なるほど良書である。
20代30代の方々には、フィッシュボーンが新しい手法に思えるかもしれない。しかし、勉強家の方にはそうでないかもしれない。本書でも紹介されているように、フィッシュボーンは超一流の企業が50年以上使い続ける古典的な手法である。
もちろん古典的な手法だからと言って、それが良いものであるかどうかは別の話である。NLPで言う等価の符合観念を犯したくない。ただし、マインドマップと合わせて使った経験から申し上げて、使いようによっては評価に値する手法である。当然、評価についてはマインドマップも同様だ。
さて本著の感想を少し述べる。事例の紹介や手法の展開がすばらしい。それだけに、フィッシュボーンの良さを強調するために偏った記述が導入部で散見されるのがやや残念だ。
例えば、本書37項に「しかし、実際にマインドマップを描いてみると、放射状に発散していくために、下手をすると情報が発散してしまい、まとまりにかけるという印象を受けます。」とされている。
確かに、そのような印象を受けるマインドマップがある。しかし、そのような印象を受けるのはマインドマップだけではない。情報が発散してしまいまとまりがないという印象を受けるのは、場合によってはフィッシュボーンも同様だ。
フィッシュボーンやマインドマップという手法が発散を招くのではなく、手法の使い手の頭が発散を招いているからだ。どちらのノート術にしても、頭の中身を紙の上に展開する手法だと見れば、頭の中味が発散していれば、手法の違いはあったにしても、そうなってしまうのは当然のことだろう。
つまり、マインドマップだから発散するのではなく、またフィッシュボーンだから収束するのでもない。使い手が発散的にあるいは収束的に考えているのか、それが眼前にでてくるだけだ。その知見から申し上げるとマインドマップだから発散するというのはやや短見であり、偏った記述と先に申し上げた。
また同38項に「マインドマップでは視覚化しやすいけれど、構造がつかみにくい」とあり、続いて「そこで、構造化と視覚化の両方を実現する『フィッシュボーン』の登場です」とあるのだが、これについても考えてみたい。
なるほど、「マインドマップでは構造がつかみにくい」との場合もあるかもしれない。だが、構造がつかみにくいのはマインドマップだけだろうか。構造がつかみにくいことに関して言えば、フィッシュボーンも同様だ。と言うのは、どちらの手法にしても同語反復するが、使い手が構造的に考えているか否かが紙面に現れるからだ。
さらに申し上げるならば、構造や構造化が何たるかその定義を伏せたままで断定的な記述が続くことにも疑問だ。著者としては、先の構造については、語るに足りない当然のことかもしれない。だが読者にとって、その概念は当たり前なのだろうか。構造の概念を明確に述べられる声を寡聞に知らない。
「では構造化をどのように捉えているのか」との疑問もあるだろう。だから、「構造化とは、相互に関係する部分が全体をなしている様子」と申し上げておこう。定義だけで分かりにくいので、事例をあげる。それが、事実・データと論拠と結論・主張といった相互に関係する部分が論理という全体をなしている端的な例だ。
改めて繰り返すが、マインドマップだから構造化ができないのではない。さらに、マインドマップは構造化を書き方として規定している。だが、構造化をしないマインドマップの書き方をする人がいるだけだ。もちろん、このことはフィッシュボーンについても同じだろう。マインドマップだから論理が、あるいは構造化ができないのではない。そうではなく、論理的に、構造的に考えない人が先にいるだけだろう。
論理を例あげれば、論理的な思考や論理的なセールストークが話題になること自体が教えているように、論理を意識している人が少ない。言い換えれば、構造化した思考をする、あるいは必要とする人が多くないのだ。
論理的な思考をするしないを以て、頭の良し悪しを言っているのではない。そうではなく、文化的な背景が論理を好まないということが背景としてあるからだ。同一言語を使い同一の文化を共有している社会において論理を持ち出さなくても話が通じる場面が多々ある。逆に言えば、共有する文化や言語がないからこそ、その壁を乗り越えるための論理が必要となる。
一方、若い人たちの中にも、「KY(空気が読めない)」というように以心伝心的な会話ひいては論理から離れた感性を重んじる思考を好む流れが主流となりつつある。いうなれば、当人たちが意識していようがいまいが、腹芸や察するといった日本の伝統文化に回帰しつつあるのかもしれない。それはそれで慶賀のいたりである。
こうして、論理的な思考から疎遠になっている人が多く見られる。そしてそれが、紙面に投影されて構造化されていないノート術が眼前に展開される。そうではないだろうか。
ではどうすれば構造化されたノート術を展開することが可能か。これまでの理路からご推察の通り構造化した思考を展開することだ。例にも挙げたが、何かに関して意見・主張述べるならば、データ・事実そしてそれを評価して意見に至る論拠を示す手続きを紙面に展開する。そうすれば、フィッシュボーンを使おうが、マインドマップを使おうが構造化は可能となる。
「構造化が難しいからそれを促すノート術が必要だ」とのご意見がもちろんあるだろう。ならば、一つの回答をマインドマップの事例をもって示そう。例えば、構造化されたスピーチ術、あるいは文章術というのがあるが、建築物が構造様式という型を以て構築されるように、どちらにしても型を使って構造化を図ることができる。
その型が4段構成であり6段構成だ。4段構成は、問題提起、意見提示、論拠、結論、と四つの部分で構成する。6段構成は、オープニング、トピック、意見提示、背景、論拠、結論、と六つの部分で構成する。オープニングとトピックを問題提起、背景を論拠に回収すれば6段構成も4段構成に還元できる。
どちらの方を使うにしても、六つの部分あるいは四つの部分を、紙面中央に書くテーマを表したから伸ばしていく最初の枝に言葉として記述する。こうして、構造化の一端を始めることができる。
最初の枝に書いた言葉を抽象から具象へ、原因から結果へ、というように階層化するように展開していけば、構造化をさらに進めることができる。階層化とは、一定の基準で物事が層状に並んだ様子である。視覚的に申し上げると、マインドマップの枝が大枝から中枝、さらに子枝へと広がっていく状態だ。
そのように階層化で展開された一連の枝の中に順序を示すための符号や番号を記述すれば、時系列や概念の序列を表現することもできる。こうすることを序列化というのだが、階層化に加えて序列化を導入することで、例えば論理構成も簡単に構造化できる。というよりも序列化や階層化を導入しないと論理構成は成り立たない。
手法が結果を保障するのではなく、結果が保障されるように手法を使うようにすることが大切だと最後に繰り返して強調する。
最後にお知らせ。
昨夕は田町で打合せ。
講座の準備として高名な先生にお話しを伺う。
講座は税理士業界向けである。
先生はその業界では成功者のお一人だ。
本もお出しになっている某税理士法人のK村先生である。
ご同席はコーチングで高名なK藤先生。
そして、コーディネイトしてくださったK田社長とT岡さん。
新鮮なお魚や焼き鳥、美味しいお酒で話しがはずんだ。
K田社長、ごちそうさまでした。
K村先生から興味深いお話しを縷々拝聴した。
「マインドマップ資格試験勉強法」を書いたこともあって興味津々。
税理士試験の合格は通常3年から4年はかかる。
その難関を突破したのが税理士さんたちだ。
まずは、税理士業界の実情からだった。
オフレコの話しもあるから手短にご紹介する。
税理士は、収入面で安定した士業であるとお考えだろうか。
確かに、一般的なイメージとして安定した業界だと考えていた。
ところが、一般的に思われているほど安定した業界ではないのだ。
一般的な税務申告はパソコンソフトで可能である。
だから、税理士に業務依頼をしなくても税務申告が可能だ。
小生も素人ながら申告ソフトを使うので、良く分かる話である。
税理士だから潤沢に仕事がある状況とは決して言えないと聞いた。
また、多量受注で廉価な業務委託を行うサービスも見かけられる。
よって、個人で事務所を構える方々は受注額が下がる状況にある。
従来どおりの業務受託では、忙しい割には収益が上がりにくい。
以上のようなことから、決して税理士業界が安泰と言い難い。
ある程度の組織事務所ならともかく、個人事務所は息苦しい状況だ。
その一方、苦しい状況にある税理士ほど改善の兆しが見えないそうだ。
例えば、次のようなことがあるそうだ。
あの手この手で集客するのは税理士としておかしい。
営業するのは言葉巧みなだけで税理士としてあるべきではない。
こうして、適切な営業活動を展開する組織事務所に利益を浸食されている。
この時代にどうしたことだろうと思わざる得ない。
規制緩和やグローバル社会といわれ、自由競争が喧伝されて久しい。
このご時世が全て正しいとは言わないまでも、確かな時流となっている。
その時流に逆らうように立っているのが多くの税理士だ。
もちろん過度の営業を嫌う職業倫理は理解できる。
だが、健全な、適切な営業活動を忌避するのはいかがなものか。
あるいは、営業活動は税理士として格好が悪いとの思いもありそうだ。
このことはかつて身をおいた建築士業界にも浸透していた。
耳の痛い話しである。
税理士は人が儲けた結果として税金を納めることに携わる方々だ。
卑近な表現で申し訳ないが、直裁にいえばお金のプロだ。
ところが、そのプロがプロとして儲けているとは言い難い。
ずばり、社会的に立派な業務であるのに多くの方が驚くほど低収入だ。
その状況を伺うにつれ、紺屋の白袴や医者の不養生なる言葉が心をよぎる。
そうなるのは「税理士はかくあるべき」が強すぎるからだろう。
制限的な信念から自分の動きを縛っている方が多いようだ。
職業倫理としてある程度は必要なことは当然だ。
だが、当然にあぐらをかいていらっしゃる方もあるようだ。
K村先生のように健全な営業をなさって順調な経営をする方もいるからだ。
また、別の状況もK村先生の言葉から拝見された。
営業といえば媒体はともかく、根底はコミュニケーションである。
コミュニケーションも苦しい状況にある税理士の大切な課題でもありそうだ。
コミュニケーションのまずさが苦しい状況を招いているとも言える。
顧客とのコミュニケーションが円滑に進まず、クレームになる。
所員との対話につまずき、所員が次々と退職する。
こうして業務が遅滞し経費がかさむ。
自分の強みや魅力を上手に伝えることをしないためにどうなるか。
結局、価格競争に巻き込まれて受注価格を叩かれる。
こうして税務の下請け業者化している。
これも痛ましい話しだ。
自分のセールスポイントをアピールするのは罪なことだろうか。
市場原理からみれば、そうしない方が罪なことだろう。
だから、買いたたかれるという罰が来るのだ。
職業倫理を遵守しつつ上手にコミュニケーションをはかることはできる。
それをさせない何かが、「税理士はかくあるべき」であるのは確かだ。
強すぎるべきから解放されることが現状からの脱却を可能にする。
そこに気づいていただける講座をこれからデザインすることが楽しみだ。
講座にご参加になった税理士さんたちが笑顔になって仕事ができる。
収益をあげ、時間に余裕ができ家族を喜ばせるようになれる。
デザインする講座がその一助になれば幸いだ。
4月15日についに出版。
共著とはいえ初出版でドキドキ。
著名は「マインドマップ資格試験勉強法」。
本書はブザン教育協会公認の書籍としていただけた。
名誉なことである。
この本で述べたかったことを端的に書く。
「資格試験の勉強は地道にやる」ことである。
そのことが間違いなく合格を目指せる勉強なのだ。
今般の勉強本ブームの中、批判を恐れずに核心を述べた。
魔法や一発逆転を臭わす本は最近多い。
努力を要せずに勉強ができそうな気にさせる。
もちろん、それはそれで一服の清涼剤として良いものだ。
正直な話し、かつての自分もその手の本にかなり手を出した。
そうして、時間もお金も使ったがあまり成果を出せなかった。
「それはお前が知的に劣るからだろう」とのご批判も当然だろう。
だが、寡聞にその手の本から確実な成果を出した人を知らない。
だから、その手の臭いに、敏感すぎるのかもしれない。
一方、資格試験に合格したのは地道に勉強したときであった。
地道と言っても、導いてくれる手法を用いた。
マインドマップである。
だから、単に地道さだけを述べない。
そうするだけなら単なる精神論や根性論となる。
それでは貴重な資源を蕩尽して紙面を費やす価値がない。
そうならぬように、学習理論や脳科学、NLPを参照している。
あの手この手で、その主張を具体的な手法を交えて述べた。
よって本書の帯には「最新の学習理論で」と書いてある。
それを見て、「単なる理論書か」と思われるだろう。
そうならぬようにあくまで実践の書となるように構成した。
つまり、演習やイメトレを実践すると、自然に学習意欲が出る。
逆に、演習をせずに読み流しては清涼剤的な本になるだろう。
それでは、時間がもったいない。
もちろん時間を蕩尽する楽しみを承知しつつ申し上げる。
よって、本書を手に取っている間、読み流しにはご注意いただきたい。
先の文言をみてどうだろう。
よけいに、魔法や秘術の臭いがするだろう。
繰り返すが、秘策や魔術を述べたものではない。
そうではなく、合格を目指して地道に勉強できる方法を多角的に述べた。
それを、帯の全脳思考やマインドマップが代表している。
加えるに、「地道」だけで合格できるほど資格試験は甘くない。
9回も不合格になった体験から声を大に恥じつつもその現実をお届けする。
よって、デシラの窓やリンキング勉強法など戦略や戦術を技術論として述べた。
また、気合いや根性を凌駕する強く良質なモチベーションも必要である。
精神論ではなく動機付けやイメトレ法などをご提示している。
本書の構成はこうである。
精神論、技術論、精神論の大きく3層構造となっている。
この3層を順に実践すれば、合格を目指せる意欲と方法が手に入る。
お断りしておくが、精神論も技術論も単なる著者の体験談ではない。
根底には知の巨匠であるトニー・ブザンがいる。
また、NLP創始者リチャード・バンドラーがいる。
加えて受験指導のプロたちにインタビューして確認したものである。
また講座に参加された方々の意見や感想を加味した。
こうして検証済みの手法を展開している。
まとめるとこうなる。
この本はこれまでの勉強本とは違う。
精神論や技術論に偏ったり、単に著者の経験則を述べたりしない。
マインドマップやNLPを融合させた一線を画す資格試験勉強法である。
NLPを参照して構築されたマインドマップの演習があるからだ。
その演習を順に進めると、自然に試験勉強に熱がはいる。
気がつくと勉強をしている自分に出会える。
こうした実践の書である。
よって、単にノウハウ収集を目的に読むなら、本書は全く無益だろう。
だが、演習やイメトレ法を実践されるならば、大きな効果を期待できる。
それらは、NLPとマインドマップ、脳科学に裏打ちされているからである。
もし、資格試験の勉強でお悩みなら。
そうでなくても仕事の勉強が進まないなら。
限られた時間と労力で結果を出す。
3ステップで、理解力、記憶力、解答力、が劇的に高まる。
「マインドマップ資格試験勉強法」がおすすめできる。
最後に申し上げる。
勉強が進まずに焦っている方へ。
下記のURLから本書を手に取れば今からでも合格を目指せる。
本書は地道に勉強をして確実な合格を目指せる人への応援歌である。
アマゾンの紹介を以下に採録する。
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マインドマップ、全脳学習法(ホールブレイン・ラーニング)、
デシラの窓、リンキング勉強法......最新の学習理論で差をつけろ!
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頭が良くなる勉強法、教えます。
■ブザン教育協会公認・オフィシャルマインドマップブック
マインドマップとは、脳と学習の世界的な権威であるトニー・ブザン氏が考案した思考技術。
マインドマップを使って勉強すれば、「記憶力」「理解力」「集中力」「創造的思考力」「問題解決力」など、さまざまな能力を高めることができます。
ビル・ゲイツ、アル・ゴアをはじめとするグローバルリーダーが活用していることでも有名です。
IBM、ディズニー、BMW、ナイキなどの国際企業では研修が行われ、また、フィンランドではマインドマップからヒントを得た
「カルタ」と呼ばれるツールが国語の授業で使われているなど、教育界でも広く活用されています。
本書はマインドマップをはじめ、NLP(神経言語プログラミング)や加速学習など最新の学習理論(脳科学理論)にもとづいて構築した
「3ステップ勉強法」を中心に、短期で確実に合格するための「黄金のピラミッドの登りかた」をお教えします。
■最新の学習理論に基づく"脳がよろこぶ勉強法"
本書に出てくる勉強法には、たとえばこんなものがあります(↓)
「ジグソーパズル勉強法」 → 全体構造を把握する
「デシラの窓」 → 勉強に優先順位をつける
「リンキング勉強法」 → 過去問とテキストを結びつける
「マインドマップ7つのルール」 → 記憶力を高める
これらの勉強法を実践すれば、つらかった勉強が「スイスイ頭に入る=楽しい」に変化します。
勉強することが楽しくなったら、もちろん、合格の2文字に大きく近づくことは間違いありません。
あなたの「絶対に合格したい!」という気持ちを、あなたの脳はよろこんで迎え入れてくれるようになるでしょう。
本書に書いてある「合格するための勉強法」を実践し、あなたもぜひ栄冠を勝ち取ってください。
今年も脳と勉強法がトレンドとしての強みを発揮している。
書店では、脳と勉強法のタイトルが平積みで存在感を示している。
特に、脳科学者や東大生が書いた勉強法がしばしば目にとまる。
そのため、マインドマップとフォトリーディングは今年も注目されるだろう。
この不況下、組織を今までのようにあまり頼みにできない。
将来に備えての資格取得や能力検定を目指す個人が増えることだろう。
そのような個人が支える勉強ブームがこれからも続くと思われる。
勉強ブームの核となるものが、先の2つだからだ。
さて、マインドマップとフォトリーディングには面白い共通点を持っている。
ともに、それらの手法が書籍や雑誌で十分と言えるほど公開されている。
その一方で、双方とも1日なり2日間の講座が開催されている。
まず、マインドマップは、「ザ・マインドマップ」や「マインドマップ仕事術」、「マインドマップ超入門」を始め各種の書籍が存在する。なかでも、「ザ・マインドマップ」は特段の情報量を誇っている。各人が読みすすみ、各所にある手法に取り組めば多いにその手法から効果を期待できそうである。
次に、フォトリーディングは、「あなたもいままでの10倍速く本が読める」やそのムック本が存在し、これまたその手法に関して十分な情報開示がなされている。更には、ホームスタディーキットも販売されている。
2つの状況から、独修が可能な環境が整っていると言って良い。
この状況を眺めると、ここにひとつの疑問が起ち上がってくる。
それは、「手法が公開されているの一方で講座が存在するのはなぜか」だ。
1つの解答して、「それは独修できることであるのに、売らんがための単なる商業主義でやっているからだ」とすることもできる。もし、そうなら講座に参加した人々から「書籍でできることをなぜ講座にしたのだ」と苦情が上がるだろう。しかし、短見が及ぶ限りそのような苦情を耳にしたことはない。
では、なぜ独修可能と思えることを講座という環境でわざわざ学ぶのか。
その理由を次のことから見てみよう。
車の運転を覚えるには自動車学校に通う。
綺麗に泳ぐためにスイミングスクールに通う。
見事なティーショットを打つのにレッスンプロを雇う。
以上の3つに共通するものが、動的なプロセスとそれを修得する環境との関係である。講座に通う理由は、それと同様のことではないだろうか。
マインドマップもフォトリーディングも双方が、動的なプロセスである。
動的なプロセスとは、例えばスポーツに取り組む人の動きのようなものである。マインドマップは、セントラルイメージとして表現された目標にかかわる情報を毎瞬湧き出す連想や想像を、脳から紙面へと出力する。一方、フォトリーディングはこれから展開する手法で得ようと設定した目標にかかわる情報を、各種の視線や手法を駆使しつつ脳に入力していく。
このように、入力と出力の違いはあるものの、共にリアルタイムで常に変化し続ける知的過程のうえに両者は成り立つ。このように、2つに共通することは、まさにマインドスポーツとして動的なプロセスを持つと言える。
動的なプロセスゆえに、スポーツにおいて各種のコーチがなすような、そのプロセスを正しい方向に導くリアルタイムで正確なフォードバックが望まれる。それぞれの講座を担当するインストラクターがその役割を担っている。
「畳みの水練」と言われようが、書籍や雑誌に公開されている情報から手法をそれなりに学ぶも、動的なプロセスを学ぶ最適の環境である講座で学ぶも、個人の自由である。もちろん、その自由にはそれぞれに結果が伴うだけである。
マインドマップの書き方が直接に見て聞いてわかる基礎講座はこちら。
マインドマップ基礎講座
最近、ある人から不思議な話しを聞いた。
その方は、フォトリーディングのインストラクターである。
「フォトリーディングの講座に魔法を求める人がいて困る」と言うのだ。
魔法とは、一瞬で書籍や法律文章を理解することである。
または、英語の原書を一瞥しただけで分かるようになることだ。
そのようなことが不可能だと分かると、苦情を述べる人がいるそうだ。
それはいかがなものだろうか。
確かに、奇跡を期待したくなる気持ちも分かる。
私もそのような時期があったので、少なからず理解できる。
だが、その期待は裏切られても仕方がない、というのが私の考えだ。
もし、そのようなことができるならどうだろう。
誰が額に汗して本を読み、法律を学び、英語の辞書をめくるだろうか。
本当にそのようなことができるなら、とっくに教育に採用されるはずだ。
逆にできたとしたら、教育は決して採用しないだろう。
もし採用したら、それは教育でなくなるからだ。
そうでなくても、そのようなことが本当にできたら困ったことにならないか。
何でも見た瞬間に理解できることを想像して見て欲しいのだ。
もしそれが可能ならどうだろうか。
自分が理解したくないことも瞬時に理解してしまうことになる。
知りたくないことの情報が一瞬にして精神に乱入してきてしまうのだ。
それが事実として起こるとしたら、それに遭遇した心は混乱の極みだろう
極論に聞こえるかもしれないが、精神は崩壊に見舞われるだろう。
そこまでいかないにしろ、要するにそうなれば洗脳と同じである。
本人の意志とは無関係に短時間で精神的な変化が起こるからだ。
このようなことは知的健康から見たら危険ではないだろうか。
フォトリーディングに魔法を求めるのはそれを良しとすることだ。
魔法を求める人は、そのような魔法が自分自身にあって欲しいのだろうか。
本当にそれでよろしいのか。
ただし、フォトリーディングが危険だと言っているのではない。
そうではなく、フォトリーディングは読書法の1つなのだ。
あるいは情報獲得法であり、決して魔法ではない。
そのことを申し上げたいのだ。
日常的にフォトリーディングを活用するが、私に魔法は決して起こらない。
確実に理解や読書の速度が上がったりするのは確かなことだ。
だが、それは決して奇跡ではなくあたり前のことだろう。
それが洗練されたテクニックというものだ。
ただし、その効果があらわれるには条件があるのだ。
専門分野であったり、馴染みの作家であれば効果を実感できる。
考えてみればあたり前だが、そうなるのは語彙や知識があるからだ。
語彙が本に意味を与え、知識が推論を助けてくれるからなのだろう。
だから、専門分野や馴染みの作家ではフォトリーディングの効果が顕著に現れる。
以前、速読のパラドックスをこのブログに記した。
速読をするには、時間を掛けて本を読み語彙を増やす。
そうすることが、結果的に速読を助けるから精読の大切さを強調した。
以下は推測だが、フォトリーディングには省略された前提がたぶんにある。
その前提は、繰り返すが読者が語彙や知識を豊富に持っていることだ。
読者が脳内に高速検索できる辞書を持っていたらどうだろう。
想像するにまさにフォトリーディングが可能なはずだ。
目にしたことを高速に意味の検索できるからだ。
では、そのような脳内辞書は、どうしたら可能だろうか。
常識的に考えれば、日頃の努力や勉学によってできるはずだ。
過去を振り返れば、勉学で努力した人がでそうであったことが思い出される。
だから彼は高速に教科書を理解し優秀な成績を収めたのだ。
たぶん、フォトリーディングは地道に勉強する人にこそ恩恵をもたらす。
コツコツと未知の言葉を調べ、地道に知識を増やす人にメリットがあるのだ。
さて、考案者はNLPを学んでいる。
そのNLPを使って読書が得意な人を研究したはずだ。
その研究手法をNLPではモデリングというが、大方そうしただろう。
そうして、効果的な読書の戦略をフォトリーディングとして再構築したのだ。
そう断じるのは、各所にNLP的な手法が見受けられるからだ。
ただし、このプロセスで省略された前提があるようだ。
それが先に申し上げた読者の語彙や知識の豊かさだ。
なぜそれが言い落とされているか。
もちろん、それを言わないのは多くの速読法も同じである。
1つの推測を申し上げれば、それを言っては商品として売りにくいからだろう。
だからといって、速読法の全般が無効であることを意味しない。
努力を敬遠する人を遠ざけたくない心使いからだ。
例えばの話しである。
「朝起きたら顔を洗いましょう」といちいち言わない。
「眠る前は歯を磨く方が良いですよ」も同様に言われない。
フォトリーディングで、地道に語彙や知識を増やすことはそれと同じだ。
こうして魔法がフォトリーディングに存在しないことが分かった。
フォトリーディングを効果的にするには地道に勉強して語彙を増やすことだ。
もし、フォトリーディングを魔法たらしめたければ、額に汗して勉学する。
これこそが、考案者が省略した本当の前提かもしれない。
もちろんこれは試験勉強術にも通じている。
合格を目指す試験勉強術講座は3月20日に開催。
2月11日、試験勉強術の講座を好評のうちに修了。
遠路はるばる大阪からの方も含めて14名がご参加くださった。
週のなか日とはいえ、祝日のお休みなのにありがたいことである。
講座では、ご参加の方から実習の感想をお聞きする。
お聞きするのは、体験を言語化して学習効果を高めるためだ。
勉強のモチベーションを上げる実習の後に驚くべき感想を拝聴した。
ある方は、試験に合格した場面から逆順に合格への過程を垣間見たとのこと。
その過程が、創造的思考としてご紹介した、未来の歴史である。
未来の歴史は、歴史が過去のものと考えると、奇異に聞こえるだろう。
だが、未来を既に経験したこととしてみると、あり得ることとできる。
現に、我々は未来の歴史を持つから、デジャブを経験する。
過去のある時、未だ来ぬ時と場所を想像する。
次に、それと近いものを現在に見聞きする。
それが既知感・デジャブになる。
その既知感が、まさに過去において未だ来たらざる歴史の存在を教える。
よって、未来の歴史は現に存在すると言えるのではないだろうか。
未来の歴史はクリスティーナ・ホール博士が提言する概念だ。
現在の時点から未来を想定して、その未来からさらに未来にいたる。
さらなる未来から、未来を振り返ったとき、それは過去つまり歴史になる。
それをしてフュウーチャー・パースト、未来の歴史と博士は教えている。
人は心の中で時間軸を自由に移動できる。
その様は、さながらタイムマシンだ。
その時間軸をNLPではタイムラインという。
タイムラインをイメージの中で移動して人は未来の歴史を垣間見る。
それが人が持つ創造的な思考であり、成功者が取り得る思考パターンだ。
その思考パターンは未来から現在に向かって思考が逆流する。
通常の思考パターンとは順逆が転倒しているのだ。
つまり、この思考は結果から原因を想像する。
望みの結果を思い描きそれを支える原因、つまりそれまでの未来や現在を思う。
よって、この思考をする人は、必勝の人であり、成功者となりうるのだ。
このような思考パターンを実習あとのご感想で拝聴して驚いた訳だ。
たぶんその体験をお話しになった方は合格を確実に目指されるだろう。
そうではあるのだが、決して奇跡的方法の存在を示唆しているのではない。
そうではなく、合格を目指せる人は実に地道で努力家なのである。
そのイメージがあるから、額に汗して勉強できるのだ。
そうして取得した資格だからこそ価値がある。
その一方、最近の風潮はそれをレバレッジなどと言いつのり認めなかった。
ところが、レバレッジについては米国経済の状況が見事に教えている。
ご覧の通りの混乱ぶりがレバレッジの行く末である。
加えて、要領ではなく、まじめに稼ぐことがいま見なおされている。
ある程度の要領も大切だが、試験勉強も同じではないだろうか。
結局は、努力のひと、地道な人が合格する。
地道に努力して合格を目指せる勉強術を講座ではお伝えしている。
ただし、勉強術は気合いや根性ではなく脳科学を軸にした効果的なノウハウだ。
共同開催者の萩原氏と夕食を共にしつつ講座の振り返りをしていたときのこと。
「我々が伝えたいことはまじめに勉強することですね」と萩原氏が仰る。
萩原氏は華のあるお顔立ちであるが、実に体育会系なのだ。
そのご発言にやはり体育会系の近藤は我が意を得たりの感を深めた。
そのせいかビールが一層おいしく感じられ一気にビールジョッキの底を深めた。
そんな2人がまた、3月20日(金・祝)に試験勉強術の講座を開催する。
まず、前回を振り返る。
方法記憶とTEFCASについて述べた。
方法記憶は手続き記憶とも呼ばれるが、やり方の記憶だ。
TEFCASは成功に向かって螺旋状に上昇する変化の過程である。
そこから効果的なマインドマップの学び方をお伝えした。
さて、今回の話をすすめよう。
今回はマインドマップの習慣化について述べたい。
書籍をみてマインドマップを覚えようとする人に共通点がある。
その人たちがもつ共通点が、マインドマップを習慣にできないことだ。
なるほど、別に習慣にする必要はなさそうである。
だが、マインドマップを習慣にする必要が多いにある。
習慣にすべきとは言わないが、習慣にするに越したことはない。
その理由は、マインドマップがマインドスポーツだからだ。
スポーツは、定期的に練習することでその技能が確実に向上する。
繰り返し練習することで、技術の試行錯誤が行われるからそうなる。
マインドマップも同様である。
野球の捕球動作をみてみよう。
繰り返し捕球練習をすることでどのような球も取れるようになる。
バレーボールのレシーブも同じだ。
繰り返しレシーブの練習をすると様々なレシーブが可能になる。
こうしてみてみるとマインドマップも同じことが言える。
繰り返しマインドマップを書いているとどうなれるだろうか。
マインドマップで様々な思考の動きを捉えることが可能になる。
もちろん繰り返し書いていなくてもある程度はそれができる。
だが、繰り返し書く、つまり習慣にすることで確実にできるようになる。
そのことは、例えばブランチの上にかく言葉を選ぶときに顕著にあらわれる。
その時の発想や連想、考えを表す最適のキーワードを選べるようになれるのだ。
確かに、マインドマップは美しく書くことが強調される場合がある。
だが、見た目は美しくとも、情報的には美しくない場合がある。
それが、言葉が発想や連想を適確に捉えていないときだ。
では、どうやったら適確に考えを捉えられるようになるのか。
前述の通りにマインドマップを繰り返し書く、つまり習慣にすることだ。
十枚書いたより二十枚、二十枚より百枚書いた方が確実に技量は上達する。
それはマインドマップに限らず文章を書くことでも同じだろう。
どれだけ書いたかに比例して書く人の言葉は力を得る。
思考を補足する力は、言葉の選び方からイメージの書き方にもあらわれる。
ただし、イメージが絵的に上手くなることだけを言っているのではない。
そうではなく、絵的に下手でも適確なイメージを描けるようになる。
適確とは、その時の思考をそのまま切り取った様であることだ。
下手でもその絵を見たり、思い出したりした瞬間に様々なことが起こる。
例えば、マインドマップの内容を短時間に想起できる。
その時の発想をさらに広げることが可能になる。
望まれる記憶力や発想力の向上が起こる。
そうなるのもマインドマップを習慣にできた時の話である。
もちろん習慣にする際は書き方に悪癖をつけないことが大事だ。
悪癖があるまま繰り返し書くと、悪癖も確実に強化されるからだ。
それではマインドマップを書くことで得られる効果が減じてしまう。
悪癖を避けるにはどうするか。
早いうちに書き方の指導を受けることだ。
そうすることで安心してマインドマップを習慣にできる。
正しい書き方を習慣にしてこそ、マインドマップのメリットを享受できる。
マインドマップ基礎講座の開催は3月1日と8日
前回を振り返る。
マインドマップを学ぶには何が大切だったか。
リアルタイムに進むTEFCASと、
インストラクターの存在だった。
そのように述べて、その3を閉じていた。
今回は、その理由を記憶の仕組みが教える。
まず記憶の仕組みついてどのようにお考えだろうか。
一概に「覚えることだろう」と言われるのが事実である。
ところが、その仕組みは、単に「覚えること」では括れない。
記憶には多くの種類がある。
種類ごとに機能が違うからだ。
記憶は、覚えたことの保持時間で短期記憶と長期記憶に分かれる。
短期記憶は保持時間が長くて3分である。
名刺に記された電話番号をみて電話をかける時に使う。
電話をかけ終われば、名刺を見返さない限りたいてい忘れてしまう。
短期記憶だから、忘れるのは自然なことである。
長期記憶は、3分以上の保持時間を持っている。
長いものは、一生にわたって記憶内容が脳に保持される。
長期記憶は、体験記憶と意味記憶と方法記憶とに分かれる。
以上が、以下の説明のために迂回した記憶の俯瞰だった。
さて、方法記憶(手続き記憶)は、物事のやり方に関する記憶である。
原始的だが、最も堅固で高齢になっても最後まで残る記憶である。
例えば、歯磨きや自転車の乗り方、スポーツまで広範囲に及ぶ。
スポーツなら、野球のバッティングやゴルフのショットのやり方だ。
ご存じのように、それは決してテキストで覚えられるものではない。
体験学習によって学んでいくものだ。
その修得は、バットやクラブを手にもってフォームの練習から始まる。
手に豆を作るほど繰り返し練習をしてそのやり方が身につく。
要するに体を動かして覚えるのが方法記憶である。
方法記憶を身につけるには、体験的な繰り返しが不可欠なのだ。
繰り返しとは、TEFCASのループをSに向け回すことだ。
そのイメージをその3からここに転記する。
→→→
↑ ↓
T→E→F→C→A S
↑ ↓
←←←←←←←
こうして試行錯誤のうちに方法記憶が定着する。
定着する中味が勘やコツと言われる高次の学習だ。
試行錯誤の例が、ゴルフのティーショットの練習である。
スライスをし、フックになり、次第にコースに打球がのる。
ここにめでたくティーショットのコツが身についたことになる。
確かに、面倒な話である。
だが、いったん身につくと、忘れない。
数ヶ月の時間が経ってもその記憶は保たれている。
もちろん、覚えたときよりも上手くできる保障はない。
しかし、ほとんど忘れることのない強固な記憶が方法記憶である。
その証拠として、青春時代に野球に打ち込んだ方ならどうだろうか。
体力的な問題はあるもの、年令に無関係に野球ができる。
このように方法記憶は強固である。
ところが、方法記憶の強固さがデメリットになる場合がある。
いわゆるバッティングやショットに関する悪癖である。
スポーツの上達を阻害する癖である。
いったん癖がつくと直りにくい。
方法記憶が癖を取り込むと、方法記憶の強固さから修正が困難だ。
ゴルフファーなら、スライスやフックに今もお悩みかもしれない。
癖となった方法記憶は、ご経験のようについてしまうと修正が難しい。
このことはマインドスポーツであるマインドマップも同じだ。
いったん書き方が身につくと一生にわたって使える。
繰り返すが、方法記憶となるからだ。
だが、これも問題をはらむ。
例えば、マインドマップを独修する。
そこでいったん悪癖がつくと修正が難しい。
練習しても、スコアが伸び悩むゴルフも同様である。
書き続けても、効果が感じられないマインドマップもそうだ。
ここもマインドマップがスポーツに酷似している点だ。
ともに方法記憶が支えるのでそうなるのだ。
では、悪癖を回避する方法は何か。
その回答を前回のTEFCASが教える。
リアルタイムにFCAのプロセスを経験することだ。
FCAはFeedback、Check、Adjustである。
Feedback:書き方について情報提供を受ける。
Check:情報を参照して自分の書き方を確認する。
Adjust:確認したことを元に書き方を調整する。
書き方をテニスのショットに置き換えるとどうか。
こうして書いていると、レッスンを受けた記憶が蘇るようだ。
かくもマインドマップは、マインドスポーツであると言えよう。
FCAのプロセスは情報提供と確認の質が学習を左右する。
前回も述べたが、自らFCAを未だできないから学習者なのだ。
指導のもとマインドマップの書き方を直に体験的に学ぶことである。
こうすることで、悪癖を自分のマインドマップから遠ざけられる。
この点からもインストラクターは学習者の学びを支援する。
野球もゴルフも直接に指導を受けて覚える。
マインドスポーツであるマインドマップも同じである。
直接に見聞きしてTEFCAのループをSuccessに向かって回す。
自分の書き方が成功に向かっているかを確認しつつ学ぶことである。
さて、あなたは成功に向かってループを上昇させたいだろうか。
または、書けないという諦めに向かってループを下降させたいだろうか。
あるいは、これで良いのかと迷いのループにとどまっていたいだろうか。
マインドマップ基礎講座は2月1日、3月1日に開催
前回を振り返る。
マインドマップを間違いなく覚えるにはどうするか。
直接に見て、聞いて、手を動かして習う環境に身を置くことだった。
スポーツは動的な行為である。
マインドマップは動的な思考を紙面に写し取る行為だ。
2つが動的な性質を共有することから、冒頭のように記した。
もちろん、それが何であるかをテキストから知ることはできる。
しかし、共にテキストから体得することは極めて困難だ。
共に、動的な性質を蔵するからである。
例えば、次のことはどのように学んだだろうか。
泳ぎ方や自転車の乗り方、車の運転などである。
最終的には、学ぶ対象を実際に行ったのは事実だろう。
それが、スポーツを始め動的なものを学ぶ骨法だからだ。
以上から、動的な行為であるマインドマップはどう学ぶべきか。
すでに、ご賢察のとおり、実際に書いてみることである。
換言すれば評価者ではなく、主体者になることだ。
評論家は選手になれないが、選手は評論家になれる。
スポーツがそうするように、口ではなく実際に手を動かす。
まずは口を動かしても良いが、見よう見まねで書いてみることだ。
ただし、テキストを見本にすることはどうだろう。
もちろん、テキストのマインドマップを見本にするのも良いだろう。
だが、最終的には直接に見聞きして実際に書き覚えることをすすめたい。
理由は、マインドマップがマインド・スポーツだからだ。
手本とするテキストのマインドマップは最終形で静的である。
そのために、どこから初めて、どのように終わるのかが不明だ。
ただし、不明なことは、見るものの能力とは無関係だ。
不明さは動的なものをテキスト化するときの必然である。
こうしてマインドマップの動的な面をテキストから見て取れない。
動的なものを学ぶには、動的な見本を直に見ることが分かりやすい。
では、どのように実際に見聞きして学ぶのか。
ここにトニー・ブザンから学びのプロセスをご紹介しよう。
そのプロセスを表す次の言葉の頭文字をとってTEFCASという。
このプロセスを動的な見本を真似るときに適用したい。
真似ることは、「まねぶ」に通じることはご案内の通りである。
Try =試行する
Event =試行の結果
Feedback =結果から情報を取得する
Check =取得した情報から達成状況を比較、分析する
Adjust =比較、分析を元に試行に修正を加える
Success =成功、つまり目標が達成する
このモデルは変化のモデルでもある。
あるいは、目標達成のモデルともいえる。
NLPをご存じの方は、TOTEモデルを想起するだろう。
このプロセスは、実際にはTからAまでが循環するループである。
ループの途中にあるCで達成状況に達したらループが成功Sに抜ける。
つまり、TからAのループは成功Sに向けて螺旋状に上昇する。
図示するならば下図のようになる。
→→→
↑ ↓
T→E→F→C→A S
↑ ↓
←←←←←←←
こうしてみると、学びのプロセス自体が動的であることが分かる。
ここから、テキストのみの学びが困難なものかが見て取れる。
テキストはリアルタイムにFもCもしてくれない。
学習者がプロセスの主体者になり、同時に観察者になる必要がある。
だが、学びのプロセスにあるものは、あくまでも主体に限定されるべきだ。
学びのプロセスは間断ない体験の連続体として構築されるからである。
観察者になろうとしたその瞬間に体験は断裂し学びは成立しない。
ここから、学ぶのプロセスにFとCを行う立場の人があって欲しい。
その立場を取るものが、コーチやインストラクターである。
もちろんこれについて次のような反論は予想される。
学びの主体を取り終えた後に、観察者の立場を取れば良いではないか、と。
なるほど。
それも一理ある。
だが、問題がある。
ループを成功に向けて上昇させるにはFの正確さやCの質が大事だ。
Fの正確さやCの質をまだ持っていないから学習者なのである。
そして、FとCを有益なものとできるから指導者なのだ。
こうして、指導者の下で学習を行う意義がわかる。
学びを効果的にする学び方はどのようなものか。
その学び方はFEFCASの連続であり、動的である。
動的であるから、マインド・スポーツと言っても良いだろう。
さらにマインド・スポーツであるマインドマップを学ぶには何が大切か。
リアルタイムに進むTEFCASとインストラクターの存在である。
マインドマップ基礎講座は2月1日と3月1日に開催
マインドマップをマインドスポーツと前回から呼び始めた。
マインドマップがスポーツのように動的な過程を持つからだ。
絵や言葉を使って毎瞬の脳の働きを紙面に写す。
脳の動きは紙面中央の絵から現れる。
中央の絵から伸びるブランチに表現される。
そして、ブランチの上に書かれる言葉や絵となる。
いま、脳の働きはこの瞬間も文字をみて意味をとり続ける。
そのように毎瞬毎瞬変化し続けるダイナミックな動きをする。
というように、ここまで文章を解釈することも極めて動的だろう。
例えば、「昨日の同じ時間に何をしていた」と問うとどうだろうか。
間髪入れずに多彩な思いが心をよぎりさらに広がるだろう。
こうしても脳の動きが動的であると分かる。
その動きを紙面に写し取る行為がマインドマップだ。
自ずとマインドマップも花火が大空に広がるように動的だ。
動的な性質からして、動的な行為であるスポーツになぞらえた。
以上のことからマインドマップはマインドスポーツであるとした。
そこから動的なスポーツが紙面で学べないはご承知の通りだ。
同様に動的なマインドマップも紙面で学びにくいのは自然だろう。
にもかかわらず、間接的に学ぶことに固執するリスクを前回はあげた。
リスクとは、労力や時間を浪費することだ。
マインドマップの書き方をどう覚えようと個人の自由だ。
だが、その自由を称揚するが余りにリスクを回避できない。
理由は、繰り返すがスポーツもマインドマップも動的な行為だからだ。
こうして、動的なものを学ぶプロセスが見なおす提言をした。
「ではどのように学べば良いのか」として前回を閉じた。
振り返って見ると前回はこうだった。
さて、マインドマップをどのように学ぶかに話を進めたい。
スポーツを学ぶ方法が適用できそうなことは、ご賢察の通りだ。
つまり、直接に見聞きして手を動かして習い覚えることである。
動的なものを学習する方法は、それ以外に寡聞にして知らない。
例えば、野球やテニスはどのように覚えたか。
なるほど、手始めに教則本をなぞって習い始めただろう。
だが、本格的に習うには直接に見聞きして体をうごかした。
つまり、覚える対象を実際に体験して学習したのではなかろうか。
文字は、事象のほんの一面を表すシンボルである。
コミュニケーションにおいても全情報の7%しか伝えない。
よって野球なら走攻守どれ1つにしても文字ではうまく表現できない。
これが、文字情報で動的な行為を習おうとする時の限界なのである。
ここから、動的な行為を習うには見聞きして手を動かすことが必須だ。
ズバリ、能書きを見るより体験学習をすることだ。
体験学習が動的なものを習う時の常道であるのは間違いない。
動的でマインドスポーツといえるマインドマップ。
その学習も同様なのだ。
ここで疑問があるかもしれない。
マインドマップの書き方が文章化されているのはなぜかと。
確かに「ザ・マインドマップ」を始めそうした書籍が多くある。
だが多くあることは決して紙面で学べることを意味していない。
野球やテニスの教則本が沢山あることと同様だろう。
一方、実際にそれらを学ぶ時にはフィールドに出て行く。
書籍は、スポーツもマインドマップでも入り口であることを意味する。
あるいは、既に動的に学んでいるものの参照枠として存在する。
動的プロセスはあくまでも体験の中にのみ生命をもつ。
文字はその一部を捉えた剥製だと言える。
マインドマップの書き方が書籍で紹介されているのは事実だ。
だが、これにしても紹介されることが十分な学習可能を意味しない。
あくまでも、取りかかりであり、入門であり、参照枠に過ぎない。
その理由はこうである。
例えば、野球を取り上げよう。
グラウンドにはベースを4つ用意する。
1つのベースをホームベースと決める。
その左右の立ち位置をバッターボックスにする。
ベース正面から離れた位置をピッチャーマウンドする。
ピッチャーはそこから球を投げる。
以下省略・・・。
先の記述から動的な野球を覚えることはできない。
同様にマインドマップの書き方を読んで覚えられない。
マインドマップの書き方の紹介であって覚える方法ではない。
確かに、想像力がたくましい方はそれなりにお始めになる。
ところが、「それなり」がマインドマップの書き方に誤解を招いている。
それ以上に、TPOでとう使い分けるかは、盲人象をなでるがごとくだろう。
誤解の例をあげる。
セントラルイメージが単色で小さく平面的である。
セントラルイメージとそこから出るブランチが繋がっていない。
ブランチの上に書く文字列が単語ではなくフレーズになっている。
以上の書き方は正式なマインドマップの書き方からすると誤解である。
ただし、誤解はご本人の能力とは無関係である。
そうなるのは、文字情報のみに頼って動的なプロセスを習おうとするからだ。
これが文字情報から動的なプロセスを学ぼうとすることの限界だ。
学ぶ主体の能力が限界を持っているのでは全くない。
そうではなく学ぶ方法に限界があるだけである。
以上から、マインドマップを習うには直接に学ぶことを強調したい。
つまり、直接に見て、聞いて、手を動かして学ぶことだ。
野球を習うにはフィールドにでる。
テニスを習うならば、コートに立つ。
マインドマップを使えるように覚えるにはどうするか。
直接に見て、聞いて、手を動かして習う環境に身を置くことだ。
しかも様々な経験を提供できるメンターに出会うことがよいだろう。
そうすれば、自分の学びを疑いつつ学ぶことよりもずっと楽しいはずだ。
記:ブザン公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島です。
あなたもマインドスポーツとしてのマインドマップをマスターできる。
マインドマップ基礎講座に参加しませんか。
http://www.kondotetsuo.com/mindmap/seminar/MindMap_Basic/index.html
今年のトレンドをどのようにお考えだろうか。
有名な出版社は今年のトレンドを「脳」と表した。
また別の出版社は加えて「勉強術」だとしていた。
なるほど。
脳に関係した書籍が書店では平積みになっている。
例えば茂木健一郎氏の本を始め脳がタイトルの本が目に付く。
勝間和代女史の書籍も前年に変わらず平積みになっている。
その一端としてマインドマップの本も同列に並んでいた。
マインドマップが脳の取扱い説明書と言われるからだろうか。
速読法や勉強術で取り上げられることが多いのでそうなるだろう。
例えば、「マインドマップ超入門」といった本が、そのひとつだ。
その傾向が僕のサイトにも見られる。
多くの人がホームページにご訪問になっている。
「マインドマップの書き方」のページは月に1800回訪問がある。
たいした数字ではないが、昨年に較べて訪問数は確かに増えている。
このように脳と並びマインドマップは衆目を集めている。
マインドマップにご関心をお持ちだろうか。
もしそうなら、マインドマップをどのように学びたいだろうか。
マインドマップ関連の書籍は良好であると聞く。
先の数字が示すように多くの人が文面から学びたいようだ。
本やホームページからマインドマップの書き方を学びたいのだろう。
忙しい毎日だから、手軽に学びたいのは正直な気持ちと拝察する。
では、その学び方を考えてみだい。
マインドマップを本やサイトで本当に学べるのだろうか。
確かに、本やサイトから学べるなら、嬉しいことだ。
効率を優先して学ぶ点からすれば、自然なことだろう。
しかし、そうした方法では悲しいかな学ぶことはできない。
文面からマインドマップを正しく学ぼうとすることは無理がある。
できない理由はこうだ。
マインドマップのプロセスが動的なのだ。
マインドマップは、頭つまり思考の動きを紙面に表現する。
思考の動きがどうかは、次の問いかけを試していただければ分かる。
今と同じ時間に、昨日は何をなさっていただろうか。
それを考え始めた瞬間から、考えが多彩に広がったではないか。
その様は夏空に広がる花火のようであり、まさに思考は動的である。
こうしてマインドマップのプロセスは動的だと確認できる。
一方、動的なもので端的な例がスポーツである。
ここで想像していただきたい。
本をみて泳げるようになれるだろうか。
教則本を読んでテニスが上手くなるだろうか。
テキストを見ればゴルフができるようになるだろうか。
答は明白、不可能である。
同様にマインドマップの書き方は本やサイトから学べない。
学べないのは、あなたの脳力が低いからではない。
マインドマップは思考を記述する方法だからだ。
マインドマップを書くことが動的な行為だからである。
動的なスポーツを紙面で学ぶことは無理なことだ。
同様に動的なマインドマップを文字で学ぶことはできない。
動的な共通点から見るとマインドマップはスポーツと同様だ。
例えるならば、マインドマップはまさにマインドスポーツなのだ。
ところが、マインドマップに関心を寄せる人はどう学ぼうとするか。
マインドマップの性質からできないことなのに、本で学ぼうとする。
あるいは、検索をして該当するホームページに習おうとする。
そのご要望にお応えすべく情報は惜しみなく出している。
こうすることは決して悪くはない。
だが、そうする人は本を読みサイトを検索するが、結果はどうか。
その中途半端な学び方から、結局はマインドマップを諦める。
文字情報からだけで学ぶことは無理なことだ。
結局、お金や時間が無駄になる。
確かに「私はできているから」との反論は予想できる。
では、その反論にお答えいただきたいことがある。
そのマインドマップで仕事が進むようになっているだろうか。
つまりそのマインドマップの書き方は有益だろうか。
その書き方は成果を生んでいるだろうか。
予想は否だが、いかがだろうか。
つまり、書いている手間に見合わないとみる。
短見が及ぶ限り、できていると言う方のほとんどが勘違いだ。
本物の書き方ではなく、もどきの書き方になっている。
よって、書いても成果が得られないままだ。
成果のなさに嫌気がさし結局は「マインドマップは使えない」と仰る。
なるほど一理あるかもしれないが、やはりそれは見当違いだ。
世界的な企業で採用されているのが事実だ。
教育の分野でも世界的に普及している。
その善し悪しを論じているのではない。
もどきでは労力や時間が無駄ではないか。
その事実を見ていただきたい。
労力は無駄にしても一晩休めば回復する。
だが、時間はいったん使ってしまえば挽回が不可能だ。
忙しさを以て、安易な学び方を求めることが裏目に出ている。
ではどのように学べば良いのか。
その問いが立つだろう。
すぐにお答えしたい。
だが、すでに長文なっている。
文面の長さに最近は苦言もいただく。
よって、ご回答は次にしよう。
マインドマップ基礎講座は2月1日と3月1日に開催
友人が本を出した。
話術がそのテーマである。
話術というとどのようにお考えだろうか。
誰でもが演説やスピーチと言葉にするだろう。
オバマ氏が大統領に就任することもあってそう考えるのは自然だ。
オバマ氏のように話し上手になりたいのは人の常であろう。
では、話し上手になるにはどうしたら良いのだろうか。
確かに、話の練習をするのは1つのやり方だ。
だから、多くの人は話し方の本を一度は密かに手にとる。
自分なりにネタを集めてはことある度に話そうとする。
ところが、その結果はどうだろうか。
本人が話に夢中になればなるほど周りがひいていく。
十八番を持ち出せば出すほど寒々しい空気がにじんでくる。
そうなるとその空気を払拭しようと声を大に話し込んでしまう。
すると「また始まったよ」と顰蹙をかってしまう。
だから、話すことに関しては難しさを感じるのが常だろう。
それではと話し方教室に通っても、そう簡単に上手く慣れない。
ついには諦めて、だんだんと人と話すことを避けがちになるものだ。
口に出して言わなくても、自分は話下手だ、と思ってしまう。
ズバリ、話し上手になるには、話してはいけないのだ。
話の口数を減らすように言葉を選ぶことではない。
もう一度言おう、話してはいけないのだ。
話し上手になるには逆転の発想が必要だ。
ズバリ、話すのではなく、話を聞くことだ。
しかも、ただ聞くのではなく、ルールにそって聞く。
その重要性を友人が著書で主張している。
なぜその主張に同意するのか。
誰でもが話を聞きたいのではない。
実のところ、話を聞いて欲しいからである。
実際、話を聞いて欲しくて高級クラブに足を運ぶ。
ひたすら話しを聞いてくれる相手に好意を持つではないか。
話を聞いてもらっているうちに聞かれる側は話が弾む。
弾む話の中に聞く側がうなずき、質問をするとどうなるか。
話す側は、利き手を話し上手と思ってしまうのだ。
聞く側は、聞き方のルールにそうだけでそれが起こる。
この現象はビジネスで大きな恩恵をあなたにもたらすだろう。
話し上手になるには汗をかき、声をからして話す必要など全く無い。
そうなれる不思議で効果的な聞き方を友人が著書で提示している。
その本が松橋良紀著「聞き方のルール (アスカビジネス) 」である。
話し上手になれる本書は極めて実用的な本である。
101項で著者が伝えることを実践することをおすすめする。
たぶん、周りから話し上手に思われ、場合によっては感謝されるだろう。
もし、あなたが顧客対応の仕事をもっと上手くしたいのなら、
部下の育成や上司との対話でお悩みなら、
夫婦の会話で冷たい空気が流れがちなら、
お読みになれば必ず何らかの手応えをあなたは感じられるだろう。
態度や心がけといった抽象論ではなく実践を本書が基礎におくからだ。
その実践は現場で培われたものであることが著者の経歴から拝察される。
ただし、あえて言えば、学術的な情報を極力排除したのが本書の欠点だ。
しかし、学問より解決を求める現場の声に応えて欠点を補って余りある。
そのノウハウが単なる経験則ではなくNLPを背景に持つからだ。
NLPは米国の大統領選挙でスピーチでも多用されている。
特にオバマ氏のスピーチは見事なまでに採用している。
その手法を「話す」より「聞く」側から取り入れている。
だから、ただ読むより実践されるほど効果を実感するだろう。
逆転の発想で読むものを話し上手の世界に誘う良書である。
婚活を焦りつい自分を売り込みすぎて寒い空気を醸している方。
訓話をする度に空気がしらけることを察知している管理職の方も。
総じて話し方にお悩みの方には目から鱗が落ちる内容であろう。
最後に。
話しすぎて契約を取れないセールスパーソンに贈る言葉がある。
まだ、トークしすぎて電話を切られ続けたいだろうか。
もう、話を「聞いて」契約が取れるようになりたいだろうか。
もし後者なら、本書はあなたこそが使うべき実践の書である。
昨日BSを見た。
番組が「京菓子」を話題にした。
多彩なお菓子が目を楽しませ、お茶を誘う。
そのお菓子を売っているお店に話題が移った。
お菓子屋さんといっても、京都では1種類ではないとのこと。
おまやさん、おもちやさん、おかしやさん、と3つに分かれる。
お饅頭屋さん、お餅屋さん、お菓子やさんと言うわけだ。
なるほど。
古の都、奥が深い。
そして、お菓子も同様だった。
その中で干支やお祭りをテーマにしたものがあった。
子年は小さくネズミをかたどった焼き印をお菓子に当てる。
葵祭のお菓子は、稚児さんがきる着物の柄があしらってあった。
そして、酉年のお菓子はどうだったか。
数本の細い香ばしさが漂う線が格子状に刻印されている。
その刻印が何を言おうとしているのかを言葉にできなかった。
その疑問をおって解説が続いた。
・・・
「鳥かご」を表しているとのこと。
なるほど、膝を叩いて得心した。
カゴの刻印から酉の連想を誘っている。
酉を直に表さず、連想をもって人に酉年を想像させる。
俳句の世界にも通じるものがある。
「古池や蛙飛び込む水の音」に思いが及ぶ。
この奥深さとは、なにか。
キーワードをもって多くを語らしめるマインドマップの本質を思った。
このように連想と想像は時空を超えて豊に語りかける。
京菓子にマインドマップの本質を見た。
創始者トニー・ブザンは京都や奈良を好むという。
たぶん、彼にも私たちのメンタリティが分かるのだろう。
だから、マインドマップは日本人の思考に最適のツールなのだ。
未だ良く分からない。
しかし、たぶんそうなのだ。
マインドマップ基礎講座は2月1日と3月1日に開催。
最近のコメント
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近藤哲生 on マインドマップ試験勉強術(記憶力編その1): 山下様 いつもながら
山下 on マインドマップ試験勉強術(記憶力編その1): 音読は続けてますよ。
矢嶋美由希 on マインドマップインストラクター矢嶋美由希さんのホームページ: ご紹介ありがとうござ
二代目 on マインドマップでのアイディア出しを補完する「頭脳の果て」: 先日先生の基礎講座を
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