「原因」と「結果」の法則

|

ジェームス・アレンを読了。

題名は、「『原因』と『結果』の法則」である。

原題は「AS A AMN THINKETH」で直訳すれば「考えたとおりに」となる。

 

ナポレオン・ヒルのような成功哲学の礎になった本との触れ込みである。

内容は邦題から分かりにくいがまさに直訳の原題が言うとおりにであった。

換言すれば、全ての結果は「考えたとおりに」なっていると主張している。

 

我々は環境に苦情を申し立て不満を述べる。

しかし、そのような状況が来るのは「考えたとおりに」なっていると教える。

 

なるほど。

納得できる教えであった。

 

NLP的に見ると、自己認識が環境を左右する、と言っているのだ。

ロバート・ディルツは神経学的論理レベルというモデルを提唱している。

自己認識を頂点に、信念・価値、能力、行動、環境を階層にして人は存在する。

 

自己認識は頂点にあるものとして、下層に大きな影響を与える。

下層も上層に影響を与えるが、上層の影響は絶大というのだ。

これがディルツの提唱するモデルである。

 

アレンのいう「考えたとおり」を自己認識がなすことと置き換える。

すると見事に符丁が一致するが、ディルツもアレンの影響を受けたのかもしれない。

 

邦題が言う「原因」とはアレンの「考え」であり、ディルツの自己認識である。

アール・ナイチンゲールは「人は考えたとおりの人間になる」と言う。

まさにその通りかもしれない。

 

ここで「考えたとおりに」なるは本当かを見てみたい。

確かに、アレンの本が読み継がれている事から真実であろう。

しかし、そうなるとばかりは言えないのはお気づきの通りである。

 

我々は意識ではあれこれと考える。

ならばその通りになって当然だが、多くの結果は考えた通りにならないのが事実。

ここでアレンを真であると仮定するなら、「考えたとおりに」とは何だろうか。

先に意識ではと述べたが、実のところ人はもう一つの意識でも密かに考える。

密かに考える場所が潜在意識である。

 

潜在意識は書いて字の如く潜在していて日頃は気づかない。

が、確かに存在しており人の意識や行動に大きな影響を与えている。

その力は能力開発で言われるように人が持てる全力の九十数パーセントとなる。

よって、潜在意識が「考えたとおりに」なることは推して知るべしであろう。

 

つまり、「考えたとおりに」と言うのは、実は潜在意識でと言うことでもある。

確かに、アレンは意識で考えたとおりにといっている。

原文が書かれた年代はまだ意識の研究はそれほど進んでいない。

だから、文面を読むとあくまで意識で考えたとおりにと文章が進む。

 

しかし、今にある意識の構造からみるとアレンが言うことは何か。

意識全体で考えたとおりに人は「結果」を作っている。

潜在意識で密かに考えたとおりに環境も手に入れている。

そのように述べていると捉えて良いだろう。

 

ここまで述べて1つの問いが起ち上がる。

では潜在意識で考えていることはどのように捉えれば良いのか。

潜在意識は気づかない意識の領域であるからとらえどころのないものである。

それをどのように捉えれば、自らの考えを改められるだろうか、と問うたのだ。

アレンの「考えたとおりに」が真なら、どこかの考えを点検すれば良いのだからだ。

 

見えないものを見るにはどうするか。

1つの仮説をここに述べるなら、それは「結果」を見ることだ。

その結果から逆に原因を考察すれば良いのではないかと推論できる。

 

例えば、あることで「必ず行きます」と言っていた人が「来なかった」ならどうか。

結果からは「行かない」とする考えがあったことは推して知るべしである。

つまり、密かに意識のある部分で行かないことを考えていたとできる。

 

行きますと言っていて行かなかったご本人は多様な説明をなすであろう。

しかし、原因と結果の法則から言えるのは、結果が原因つまり潜在意識を表す。

口で言うこととは裏腹に、ご本人が行ったことが「考えた通りに」を語っている。

 

こうして「考えた通りに」を知るには「結果」を見ることと言えまいか。

後追いになるが、結果を止まって観れば、その原因である考えは見て取れるのだ。

見て取れたならば後は、自分がこれからどうするかを選択することは可能だ。

まさに、どうするか「考えた通りに」なるように深く考察することだ。

 

だが、いくら考察しても潜在意識の力は強いのだから、意識通りになる確率は低い。

よって、止まって(結果を)観てどうすか選択する、このプロセスをこまめに行う。

最終的な結果が出て、手の施しようがなくなる前にこまめに打ち手を行うのだ。

 

自らの結果をして自分に常に次の行動へのフィードバックを与える訳だ。

フィードバックをもとに意識で思っていることをなせるように行動する。

これを意識の思いが形になるまでこまめに繰り返すのだ。

 

日本のNLPで草分け的存在の青木氏はこれを「せちやモデル」と教えた。

成功するまで、違ったことを、やりつづける、の頭文字をモデルの名称にした。

「考えた通りに」ことを進めたければ「せちや」をすることだ。

そうすれば潜在意識に負けず意識的に人生を構築できるはずである。

だって「人は考えたとおりなる」のが真実だからである。

 

さて、「原因」と「結果」の法則はヴィジョンの章で次のように述べる。

「人間が達成するあらゆる成功が努力の結果です」と。

この部分はややもすると読み落とされるかもしれない。

「原因」である「考え」さえしていれば「結果」がついてくる。

そのように文章が始まるからである。

 

しかし、先の述べているように成功は努力の結果である。

努力とは「目標実現のために、心身を労してつとめること」と広辞苑は示す。

 

やたらと身を動かすばかりが努力ではない。

心も労して目標実現に務めることが努力なのだ。

意識的に潜在意識的に常に私たちは努力をなしている。

そうして人はどちらか心が考え通りに常に成功をなし得ている。

 

NLPが「人は完全に機能している」と言うとおりである。

だだし機能がどこの「考え通りに」ことをなしているかは要注意である。

自らの努力にたいして常に目を覚ましていることが肝要なのだ。

 

明後日はイブである。

キリスト誕生の前夜祭である。

彼は後年「目をさましていなさい」と述べた。

不信心者の小生にとっても含蓄の深い言葉である。

 

マインドマップ基礎講座は1月4日、11日に開催する。

講座の会場でお会いできれば幸いである。

 

 

 

2018年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のコメント

2018年5月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

アーカイブ

最近のコメント