失敗することに成功する
成功に興味を持ち続けてきた。
もちろんまだ成功の途中にある。
だから、自らも学び、人にもそれをお伝えしてきた。
お伝えする形は、講座や日常業務の中と様々な姿を取る。
3日や4日間の講座を担当すると興味深いことにたびたび遭遇する。
その興味深いことを以下に述べよう。
ご参加の方が講座にご参加の意図は大きくいえば「成功」を目指す。
もちろん、個人的なことから公にかかわることまでと成功は多様だ。
その成功を手に入れたいとして参加費を払い、貴重な時間を投資される。
ところが、講座が進行するとある時から別の成功を果たす方が現れる。
その人は、「参加の目的とは違った成功」を目指す。
もちろん、そうなることを避けるために予防策をとる。
予防策として、全ての実習に参加することや、成果を作る秘訣を学ぶ。
だが、ある方は自分が成功するのに不可欠な実習に参加しない。
または、自らが参加を決めた講座自体を途中でリタイヤする。
そのやり方は、体調を崩す、電車に乗り遅れ遅刻をする。
あるいは、居眠りをする、課題をやり忘れる、落ち込む。
その創造性の多様さは実にみごとなものだ。
そうする理由は、ずばり「失敗することに成功する」こと。
講座において、実習に参加しない、居眠りをする、などの結果は明らかだろう。
人生に新たな可能性を開くといった成功とは真逆の結果が来る。
こうして、ある人は「失敗することに成功する」。
では、なぜそのようなことをするのだろうか。
確かに、その人が心理や知的に機能していないからかもしれない。
しかし、その人は全くして機能していると申し上げて間違いない。
人は決して故障などせず、全く常に機能し続けているからだ。
「人は完璧に機能する」とNLPの前提は教える。
と見ると失敗することに成功する人は、失敗することに機能している。
つまり、機能していないのではなく、機能が成功ではなく失敗に働いている。
驚くかもしれないが、結果はそれそのものだ。
実習を、講座をネグレクトすれば、確実に参加目的を果たせない。
それを目指して自らの全機能を傾注すれば、確実に失敗を果たすことができる。
なぜそうするのかが興味深い。
長年それを探求して1つの仮説に至った。
失敗することに成功する目的は「愛を求める叫びを発すること」である。
分かりにくい言い回しをして済まない、つまり「私を見て」がその本義だ。
自らが失敗し傷つくことで注目を得ることが、失敗を目指す目的である。
1つの情景を提示する。
母親に叱られて機嫌を損ねた幼児が時になすことがある。
例えば、母親の目の前で不意にミルクをこぼす、急に兄弟姉妹を叩く。
そう言う事態は必ずや、母親が自分以外のものに心を向けているときだ。
弟や妹に母親の愛が注がれているときに偶然と思えないタイミングでおきる。
それをなす幼児の意図は「ママ、私を見て」の叫びを届けることだ。
幼児が、母親の注目をして自らへの愛を感じるのは、健全である。
この場面でも、人は全く機能している。
機能の方向は愛情の獲得にあるが、ただその方法に失敗がある。
だが、成功することに手段を問わないレベルにおいては、成功している。
話しが迂回した。
講座の場面に話しを戻そう。
つまり、失敗することに成功する人は「愛を求める叫び」を出している。
換言すれば、注目つまりストローク、承認を欲求している。
「私はここにいる」「私はここにいた」、そのことを認めて欲しいと。
幼児の「ママ、見て」と符合していると見れないだろうか。
そう、体は物理的に大人であっても、心の中に幼児がいるのだ。
そのことをして、退行現象だとくくって話しを終わらせたくない。
人はいくつになっても自らの内部に幼子を宿している。
交流分析は「自然な子ども」と呼称する。
最近のセラピーは「インナー・チャイルド」という。
その幼子は私たちの根幹に宿しつつ、強力な影響を与える。
時には輝かしい創造性を発揮し、その創造性は黒い影をなすこともある。
影をなすことが、「失敗することに成功する」ことである。
では、どのようにすれば良いのか。
これまでの理路から心にいる幼子を支配することとも考えられる。
しかし、それで上手くいかないことはお察しの通りである。
支配が上手くいくのなら、講座をネグレクトする人はでない。
それができないから、「失敗することに成功する」。
1つのご提案ができるとすれば、折にふれて自分の俯瞰することだ。
つまり、自らを上空の視点から観察し、いま何をなし、なしていないかを見る。
そこから真の成功にむけて自らが機能するように、新たな選択をする。
もし承認を求めたければ、肯定的な形でそれをなす事を意図する。
肯定的な形をとることが困難なら周りに援助を求める。
援助を求めることは、決して失敗ではなく、成功への一歩だ。
成功の途中にありながらできることがある。
成功することに成功しているか大人の目で己を止まって観る。
「失敗することに成功したいのか」と自らに問いかけることはできる。
そうして、自らを成功することに成功するように機能させる。
さて、いまあなたはどうだろうか。
失敗すること成功しつつあるだろうか。
それとも成功することに成功しつつあるだろうか。
是非とも、そのことを始めた当初の目的に立ち戻って頂きたい。
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