マインドスポーツ・マインドマップ、その2
マインドマップをマインドスポーツと前回から呼び始めた。
マインドマップがスポーツのように動的な過程を持つからだ。
絵や言葉を使って毎瞬の脳の働きを紙面に写す。
脳の動きは紙面中央の絵から現れる。
中央の絵から伸びるブランチに表現される。
そして、ブランチの上に書かれる言葉や絵となる。
いま、脳の働きはこの瞬間も文字をみて意味をとり続ける。
そのように毎瞬毎瞬変化し続けるダイナミックな動きをする。
というように、ここまで文章を解釈することも極めて動的だろう。
例えば、「昨日の同じ時間に何をしていた」と問うとどうだろうか。
間髪入れずに多彩な思いが心をよぎりさらに広がるだろう。
こうしても脳の動きが動的であると分かる。
その動きを紙面に写し取る行為がマインドマップだ。
自ずとマインドマップも花火が大空に広がるように動的だ。
動的な性質からして、動的な行為であるスポーツになぞらえた。
以上のことからマインドマップはマインドスポーツであるとした。
そこから動的なスポーツが紙面で学べないはご承知の通りだ。
同様に動的なマインドマップも紙面で学びにくいのは自然だろう。
にもかかわらず、間接的に学ぶことに固執するリスクを前回はあげた。
リスクとは、労力や時間を浪費することだ。
マインドマップの書き方をどう覚えようと個人の自由だ。
だが、その自由を称揚するが余りにリスクを回避できない。
理由は、繰り返すがスポーツもマインドマップも動的な行為だからだ。
こうして、動的なものを学ぶプロセスが見なおす提言をした。
「ではどのように学べば良いのか」として前回を閉じた。
振り返って見ると前回はこうだった。
さて、マインドマップをどのように学ぶかに話を進めたい。
スポーツを学ぶ方法が適用できそうなことは、ご賢察の通りだ。
つまり、直接に見聞きして手を動かして習い覚えることである。
動的なものを学習する方法は、それ以外に寡聞にして知らない。
例えば、野球やテニスはどのように覚えたか。
なるほど、手始めに教則本をなぞって習い始めただろう。
だが、本格的に習うには直接に見聞きして体をうごかした。
つまり、覚える対象を実際に体験して学習したのではなかろうか。
文字は、事象のほんの一面を表すシンボルである。
コミュニケーションにおいても全情報の7%しか伝えない。
よって野球なら走攻守どれ1つにしても文字ではうまく表現できない。
これが、文字情報で動的な行為を習おうとする時の限界なのである。
ここから、動的な行為を習うには見聞きして手を動かすことが必須だ。
ズバリ、能書きを見るより体験学習をすることだ。
体験学習が動的なものを習う時の常道であるのは間違いない。
動的でマインドスポーツといえるマインドマップ。
その学習も同様なのだ。
ここで疑問があるかもしれない。
マインドマップの書き方が文章化されているのはなぜかと。
確かに「ザ・マインドマップ」を始めそうした書籍が多くある。
だが多くあることは決して紙面で学べることを意味していない。
野球やテニスの教則本が沢山あることと同様だろう。
一方、実際にそれらを学ぶ時にはフィールドに出て行く。
書籍は、スポーツもマインドマップでも入り口であることを意味する。
あるいは、既に動的に学んでいるものの参照枠として存在する。
動的プロセスはあくまでも体験の中にのみ生命をもつ。
文字はその一部を捉えた剥製だと言える。
マインドマップの書き方が書籍で紹介されているのは事実だ。
だが、これにしても紹介されることが十分な学習可能を意味しない。
あくまでも、取りかかりであり、入門であり、参照枠に過ぎない。
その理由はこうである。
例えば、野球を取り上げよう。
グラウンドにはベースを4つ用意する。
1つのベースをホームベースと決める。
その左右の立ち位置をバッターボックスにする。
ベース正面から離れた位置をピッチャーマウンドする。
ピッチャーはそこから球を投げる。
以下省略・・・。
先の記述から動的な野球を覚えることはできない。
同様にマインドマップの書き方を読んで覚えられない。
マインドマップの書き方の紹介であって覚える方法ではない。
確かに、想像力がたくましい方はそれなりにお始めになる。
ところが、「それなり」がマインドマップの書き方に誤解を招いている。
それ以上に、TPOでとう使い分けるかは、盲人象をなでるがごとくだろう。
誤解の例をあげる。
セントラルイメージが単色で小さく平面的である。
セントラルイメージとそこから出るブランチが繋がっていない。
ブランチの上に書く文字列が単語ではなくフレーズになっている。
以上の書き方は正式なマインドマップの書き方からすると誤解である。
ただし、誤解はご本人の能力とは無関係である。
そうなるのは、文字情報のみに頼って動的なプロセスを習おうとするからだ。
これが文字情報から動的なプロセスを学ぼうとすることの限界だ。
学ぶ主体の能力が限界を持っているのでは全くない。
そうではなく学ぶ方法に限界があるだけである。
以上から、マインドマップを習うには直接に学ぶことを強調したい。
つまり、直接に見て、聞いて、手を動かして学ぶことだ。
野球を習うにはフィールドにでる。
テニスを習うならば、コートに立つ。
マインドマップを使えるように覚えるにはどうするか。
直接に見て、聞いて、手を動かして習う環境に身を置くことだ。
しかも様々な経験を提供できるメンターに出会うことがよいだろう。
そうすれば、自分の学びを疑いつつ学ぶことよりもずっと楽しいはずだ。
記:ブザン公認マインドマップインストラクター 近藤哲生
お知らせです。
近藤哲生事務局の西島です。
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