機能する学習の最近のブログ記事

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年11月5日号


こんにちは。
NLP資格試験勉強法コーチの近藤です。

暦は今週から11月。
今年も残すところ2か月あまり。
年末に向けて何かと忙しさが募る頃でしょう。

その一方、様々な資格試験は合格発表を行う時期。
その結果に胸躍らせる人や視線を落とす人と人生色々。
今年受験した皆さんそして貴方はどちらだったでしょうか。

例えば、「ケッ余計なお世話よ次は絶対に合格するの」。仮にそうならばそうする事に資する幾つかのことが必要でしょう。しかし、「思っているけどやる気が出せない」人も散見される。前号のようなお悩みの声が断続的に聞こえてくるように。

前号は、そのお悩み解消の一端として、「やればできることを決めてやる」としてご案内した。そうする事で「決めたことをやる」ことに弾みがつく。結果、「やる気とは無関係にして仕事も家事、そして勉強も普通・常識そして当たり前として行える」とご案内した。「実は実行可能な学習計画を立案する時の要諦」と結んだ。

よって今回はその要諦をご案内したい。
その主題を実行可能な学習計画の立案とする。

学習計画とは言うまでもなく合格するという「プロジェクト」を達成するために有用な「いつまでに」「なにを」「どうするか」「それらは何のために」など示す「タスク」つまり勉強の指針を組織化したもの。例えば、ジグソーパズルからリピートまでにある各種の勉強法をいつまでにどうするかを決めて暦に落とし込んだものだった。

であるので合格の達成を左右する学習計画はその実施が怪しい絵に描いた餅でなくて合格を確実にするものであるべき。具体的に言えばやる気が「あろうが・なかろうが」「出せようが・出せなかろうが」と無関係に実行できるようにしたい。だから、前号からの流れからして「やればできることを決めてやれる」様にするのが学習計画の要諦だ。

まず、学習計画は時間的な水準を見定めたい。1日当たりに必要な勉強時間からして、実施が困難な例えば来年1月から「7ヶ月で一級建築士の学科」や「8ヶ月で社労士」に合格する学習計画を立案することは、時間的な観点からして困難の度合いが増すことからして「やればできなくもないことを決めてやる」こと。なのであまり賢明でない。

そうするのでなく、合格に資する学習計画はその立案後、例えば来週初めからでもやる気の「有無」や「出せる・出せない」に関わらず実施可能にしたい。「やればできることの度合いが高いことを決めてやれる」各種の勉強法をカレンダーに落とし込んだ計画にすべきだろう。

次に、学習計画は「なにを」「どうするか」といった具体的な行動を視野に収めたい。例えば、カンニング勉強法で例示する。「通勤の行き帰のそれぞれで15問を自宅で30問を1分解答して1日の全問をデシラ判別まで行う」と明確にやればできることを決める。

対して「オレ・アタシは1日で百問をデシラ判定」するからとして来年からの短期決戦に臨みたくもあるだろう。何でも効率化をよしとする時流からそうできるに超したことはない。だが、そうすることはあまり得策とは思えない。「今日こんなにやるのは無理」とやる気に左右されて計画達成が可能になりにくいことが容易に想定できるからだ。

例えば社労士や建築士の試験は合格したい受験生に最低でも800時間の勉強を要求する。会計士などの超難関は1000時間以上を求めると聞く。それらの事からすると、やる気に関係なく勉強を始め、そして続けることを考えると1日あたり、あるいは週末当たりの勉強時間をできるだけ少なくできることを優先したい。

そうできれば、合格することに有用な「やればできることを決めた」学習計画を立案できる。無論、そう決めたのだからそれを実行できる蓋然性も高まる。結果、合格することは「やればできること」として来年の達成したい目標として射程に収られる。

もちろん、「けど、短期決戦の方がやる気が高まる」ことがアドレナリンを放出させることから選好する向きもあるだろう。しかし、合格を目指す受験生に最良な資源である時間を敢えて削らずともやる気を高める方法はいくらでもある。とは言え、紙面が払底したので、後日に長期決戦でもやる気を出せるご案内をしたい。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちら ↓↓↓↓↓
http://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken_nlp_coach.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年9月3日号


こんにちは。
NLP資格試験勉強法コーチの近藤です。

暦は既にも九月。
秋の気配を色濃く映す。
本試験の結果も次第に漂わせるです。

そうでなくても既にその結果はご想定と拝察している。
自己採点に加えて高確度な予備校の合否予測も参照できるから。
そう言えば難関資格試験の合格率は大方が1割前後だった。
つまり九割の方々がこれから先を案じることになる。

それからして既に再受験をご検討の方もおいでだろう。同時に「試験勉強を『また』しても意味なんてあんの?」とお感じだろう。初受験から合格するまでの長期間、僕も同じく幾度もそう考えた。そのお気持ちは目を閉じても鼻を触れるように解せる。

今回は資格の試験勉強をする意味をもう一度考えてみよう。



今回のお題はこれだった。
「試験勉強を『また』しても意味あるのか」
皆さんはそうする意味をどのようにお考えだろうか。

例えば「ダチがするからオレも」だろうか。
または「一度やり始めたことはやり通したい」。
あるいは「今のままでは悔しすぎるから」かも知れない。

その一方、次のような揶揄も資格にあり続けてきた。
「資格は取ってもただの紙じゃね??」
「資格は足の裏についたご飯粒だ!」

前者は資格が取得後の将来を確約しないことを示唆する。
またはそれが取得者に格段の優位性を職場や市場で以下同文。

後者はその粒の様に取らないと気持ちが悪いこと言う。加えてそれを取っても現実的に食えないことを意味する。僕の大学時代、ある教授が後者を壇上でにべもなく言った。早期の資格取得も夢見る無垢な学生たちに向かってだ。その一言は無慈悲である。酷すぎるよね。

もちろん、それらは否定しがたい現実の一面だ。
しかし、それでも、何故に資格試験の勉強をするのか。
つまり、なんの為に苦しい思いをしてそれをするのだろうか。



上の様に国家資格を取得しても先行きが実に怪しい。
だとしたら、それでも貴方が資格試験の勉強をする目的は何か。

まずそれは勉強する為だ。「何よ同語反復なんかしちゃって」とご立腹だろう。要するにそうする習慣を獲得する為だ。実際、我々の多くはただ勉強することができない。資格試験に合格すると言った明確な目標がないと人は勉強をしない。しはじめても続けにくい。それからして試験勉強をすることとなる。そこでただなんとなくではなく、目標をもった勉強をすることが先の習慣獲得に対して有用になる。

そもそも何故にそうまでして勉強するのか。
ズバリ、これからのAI時代を生き抜くためだ。
「何をこの人って言ってるの」と訝しくお感じだろう。

現在、AIで契約書の内容を素早く確認してくれるサービスが散見される。これから時代、AIは資格者が行う定型的な業務の多くをもっと手広く代行するはずだ。AIがルールが明確な囲碁や将棋で高名な棋士たちに連勝した様に、法的な手続きや契約書作成などルール化された業務の多くはAIの最も得意とするところであるからだ。

早晩、AIは定型的な業務に安穏する有資格者を淘汰するだろう。例えば、建築士の確認申請業務など手続きもそうなるはずだ。あるいは、階高など幾つか基本的な設定をするだけで、建蔽率や容積率、斜線や日影による高さ制限など法規定から、建築可能な規模を確実に迅速に想定する業務なども同様にAIに代行されると想定して大過ないだろう。

その様にしてAIがただの有資格者を呑み込む大波は遅かれ速かれ到来する。そこでAIの淘汰を乗り越える為、AIに不可能な非定型的で創造的な人間的なことをできるようになることが懸命だろう。

もちろん、そう願うだけで思いが叶うなら苦労はしない。なので、そうできるようになれる新たな学び、知識や技能が必要になる訳だ。とは言え、同じ勉強するにしてもそうすることがAIの進化も視野に入れれば、その学びは迅速であるに超したことはない。

そうであれば、学ぶことそれ自体はこの上ない楽しみをもたらす。いわゆる、「アカデミックハイ」な高揚感を我々に与える。そうであることは、無論、態度や心がけが可能にしない。

そうではなくて、「学び方を学ぶ」ことが可能にする。具体的にいえば、それは「読み方を読む」や「解り方を解る」そして「覚え方を覚える」ことだ。新しい知識や技能を獲得するにしても、その基本は時や場を選ばないことからして、それらに蔵する文書を読み、理解し有用な知識や技能を覚えることだ。

だとすれば、その文章をただ読み理解しその要点を覚えようとするよりも、それが示唆する読み方を素早く読みとる。後者は前者に対して大きな差異をもたらし得る。但しそれは流行の速読術など読書に誤解を招いてきた手法でない。また解り方をよりよく解りそして覚え方を確実に覚える。但し記憶術のような特殊な方法でなく汎用性を蔵することをである。

振り返れば資格試験の合格は効果的で迅速な学習つまり先の「学び方を学ぶ」ことに基礎付いた学習が構造的にもたらした。

いずれにしても、資格試験の勉強をする目的はいったい何だったか。
それは繰り返してここに強調するが「学び方を学ぶ」こと。
AI時代の大波を乗り越える術を獲得することだ。

もちろん、「そんな難しいことはよくワカンないけど、なんだかもういちど勉強したいのよ」でも大いに結構。「そこに山があるから登る」とする冒険者が知らず知らずのうちに様々に登攀技術を獲得するように、そうして始める勉強は、自ずと「学び方を学ぶ」ことを楽しみのうちに発動するのだから。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちら
http://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken
nlp_coach.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年8月27日号


こんにちは。
NLP資格試験勉強法コーチの近藤です。

暦は8月下旬。
来週後半に月を改める。
来月も様々な資格試験は実施となる。

この時期、僕の中で夏の受験シーズンは終了。
社労士や建築士(学科)など難関試験の結果が想定される。
よって各受験生はその結果に沿って新たな歩みを始めるだろう。

合格を予想できた受験生は次の段階に向けて準備を始める。
「不合格みたいで暫く勉強は嫌」と受験生の多くはなりもする。
自己採点や予備校の受験速報は高確率で合否を想定させる。
資格試験によるが受験生の8割は少なくとも後者になるだろう。

もしご自身が後者に該当するならば、
加えて次の受験で是非とも合格をしたいならば、
「暫く勉強は嫌」なこの時期はどう過ごすべきなのだろうか。

今回は再受験で合格する為の受験終了後、今の過ごし方を考えたい。



では始めよう。

ご自分が再受験を考えているとしたら、
受験終了後の過ごし方をどうお考えだかろうか。

「考えてるっうか、暫く勉強はしねぇよ」
「不合格みたいなのが痛すぎ、勉強するって無理」
「一度勉強した余裕があるから、年明けから勉強で良くねぇ」

なるほど、それそのものでなくても暫くは勉強したくない。
そう考える気持ちはこれを僕の受験期間から良く理解できる。
不合格とは言え、頑張ってきた勉強が失敗であることは悲しい。

時が悲しみ心の痛みを癒やすのに身を任せたくなるだろう。
「10年もすれば笑って話せるようになる」とも言われる。
あるいは数ヶ月もすればそうなれるように思えもするから。

しかし、「その時に笑えそうならば今なぜ笑わないの」と問いたい。
つまり、「その時に勉強できるなら今なぜ勉強しないの」である。
もちろん、勉強の再開に役立つ笑える方法は最後にご案内する。

第一に、合格を目指せる勉強量と合格率とは相関する。当たり前だ。
そうであるなら、その量を増やすことは不合格を合格に転じる。
だとしたら、その勉強量を確保できる時間が絶対に必要だ。
心の痛みを脇に置いて勉強できるなら今から勉強するべきだ。
仕事で失敗した痛みがあっても仕事をした経験もあるだろうから。

第二に、「仕事の失敗は仕事で返せ」はご存じの通りだ。
あるいは「仕事でやられたことは『仕事で倍返し』だ」も以下同文。
要するに何かによる痛みはそれ自身で癒やすのが先人達の知恵。
ボーッとしたり遊んだりするよりはそれ自体で解消できる。
追い込み期のように勉強していると悲しむ暇などなくなる訳だ。

第三に、「一度勉強した余裕があるから」それを活かすべきだ。
逆に「それがあるから」と無為に過ごすとそれは無に帰す。
無為に過ごした時はそうした余裕を忘却に転じる。

そうするのではなくその余裕を活用すべきだ。
一度勉強した経験は再受験者のみの絶対的な利点だ。
なにをどうしたら不合格になるかを教える内的資源だ。
その資源をすぐにでも活用するのが合格率を高める。

さてお約束した笑える方法は以下の通り。

a.笑えた経験その1を思い出す
b.その時に見ていたことを心の中でいま見る
c.その時に聞いていたことを心の中でいま聞く
d.その時に感じていた感覚をいままた抱く
e.その感覚を楽しみながら指のOKサインを暫く保つ
f.そのサインを解いて周囲を見渡し気分を変える

同じ側の手でOKサインを作ることを以下は前提にする。
笑えた体験その2について上記のaからfまで行う。
笑えた体験その3について以下同文。
他にその体験があるなら4、5についても以下同文。
それらを重ねるほどに続く仕上げが上々に進められる。

それでは仕上げだ。
先のサインをしながら不合格のことを思ってみる。
不合格のことはこれまでと違って感じられてしまう。

不思議なことに「何だか笑える」となってしまうはずだ。
そうなるのが脳の仕組みを使えるNLPだから。
ではOKサインを解いて勉強を始めよう。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

☆近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちら
http://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken
nlp_coach.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年8月6日号


こんにちは。
NLP資格試験勉強法コーチの近藤です。

新型コロナ感染の爆発が止まらない。
それに対処すべき政府の言動は無策に等しい。
「自己責任で重症化の予防をせよ」と述べているかのようだ。

そうでなくてもコロナ感染にはご用心。
感染してしまうことは予定している合格を水泡に帰す。
でも、自宅にこもり試験勉強に最後の力走をすれば予防は可能。
一石二鳥を事もなげに果たすことができます。



さて今月も難関の資格試験が試験本番を迎える。
例えば、それは税理士や公認会計士、そして社労士など。

そこで、受験生は合格を目指してラストスパートに勤しむはず。
そうする際に試験本番で実力を発揮する為に注意すべきことがある。
そのことをウッカリ失念してしまうと自らが墓穴を掘ってしまう。

「石に齧り付くような勉強をしたのにミスしてしまった」

悔し涙で枕を濡らし事になってしまう。
「それって何よ」とは実に有用なご質問だ。
今回は試験本番で実力発揮ができるある方法をご案内したい。



では、その方法とは何か。
例えば、「それってヤッパ神頼みじゃね」だろうか。
なるほど、信心深い皆さんにおかれてはごもっともなお考えだ。

だが、「神頼みで実力発揮ができるなら苦労はしない」だろう。そもそもコロナ蔓延の折に人ごみを渡って神社仏閣に出かけることは禁物。言うまでもなくウィルスに触れざる得ないのだから。

あるいは、「記憶用のマインドマップを書きまくり」だろうか。確かに、そうする事は過去問の書き方を確りと記憶にとどめてくれそうだ。だが、あることをし忘れると記憶に要した努力も徒労となる。試験本番で頭脳明晰な状態を大いに毀損してしまうからだ。

そうでなければ、「あの速読で解答解説の読みまくり」だろうか。もちろん、そうすることにも一理あるかもしれない。だが、もし万人にその効果を認めうるならば誰でもがそうしてきたはず。そうすることの汎用性はこれを寡聞にして僕は知らない。万が一、その効果があるとしても、あることがなければその効力は無効になる。



長い前置きになってしまった。
ここから話を本筋に巻き戻したい。
先の答えは試験時間に合わせた体調の整備だ。

例えば社労士の試験時間はこうだ。
・午前中は選択式が80分
・午後から択一式が210分(無休憩)
・合計時間は290分

みるに午後は体力的にも険しい設定である。午前のできが不調な受験生はその厳しさから午後の受験を辞退するとも聞く。「酷い試験だよね・・・」と嘆いても資格試験とはそう言うものだ。言うまでもないが、無策でそうした試験に臨むのはあまりにも無謀。



上記から午後も合格を手にする為に実力を発揮できる状況で臨みたい。前日は試験日に備えて十分な睡眠を取ることは必須だろう。

だがそれ以上に必要な事は試験時間に合った今からの体調管理だ。過去問の解法を即座に想起可能な頭脳の状態を作ること。本試験は日中に実施されることから、休日の勉強だからと決して夜更かしなどしない。

そうするのではなくて休日は試験時間どおりに勉強する。いわば本試験さながらに疑似演習をする訳だ。社労士の受験生ならば午後は210分を通した勉強をしてみたい。試験本番で途中退席の重なりが予想されることから、膀胱炎にならないほどにはトイレコントロールの可能性も探しておきたい。そのようにして身体を試験時間に慣らす。

週末だけでなくお盆の休みもそうする事が有用だ。非常識とも思える試験時間に実力を発揮しやすくしてくれる。難関試験とは合格を目指した頭脳の耐久競争とも言える。受験日までの休日はゆったりと勉強する時でない。試験時間に合わせた持久力のある知力を涵養する好機なのだ。
「そうする事に何の意味があるの?」

そう言った向きのあることも予測されるので最後にお答えする。試験本番という知覚的な刺激を知的実力の発揮に連結する為である。つまり、本試験で合格を確信できる知的ステイトを休日の勉強をしている時にアンカリングする。それによって試験本番が自動的に貴方に指させてくれるのだよ。

試験本番に合わせた体調管理の成功を祈る。
Good lack !

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

☆近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちら
http://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken_nlp_coach.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年4月30日号


こんにちは。

勉強の調子はいかかですか。
NLP資格試験勉強法コーチの近藤です。

ゴールデンウィークが始動。
実際は感染予防が様々な自粛を強いる。
屋外でのレジャーにも自粛の要請がされた。
なんと、ホームパーティでさえも。

それらはやや過ぎた要請だと思える。
だが、それは一人で勉強に集中できる状況でもある。
確実に合格したい受験生にとって黄金週間の始まりでもある。


てな訳からして、今夏、受験予定ならば、
今は過去問集の解答練習を繰り返す勉強に最適の状況。

確かな自己管理ができれば、一日の大半をそれに充てることも可能。ところが、どうしたことか、先の好機到来に際して以下のようなお悩みも耳に入る。

「過去問集の解答練習になんだか集中できなくて・・・」
「過去問集の解答練習が退屈でやる気が萎える・・・」
「過去問集の解答練習にウンザリしてして・・・」

事実、過去問集の解答練習は骨が折れる。
その回数は一級建築士の場合を見てみると以下の通り。
125問/年 × 10年 × 5回/問 = 6125回
もちろん、その回数は最低のもの。

ウンザリもするだろう。
その大変さはフルマラソンなみだ。
または山野を踏破するウルトラトレイルにも似る。

そう、僕等、アタシらは知的アスリートと言える。
だが、その困難は何としても踏破しなければならない。
そうした受験生の頭上に合格の栄冠は輝くのだから。

今回は過去問集の踏破を可能にする心持ちをご案内したい。



過去問集の解答練習は以下のように行うのだったね。

1回目から一日後に2回目を。
2回目から一週間後に3回目を。
3回目から二週間後に4回目を。
4回目から一ヶ月後に5回目を。

以上、最低5回をもってその練習とする。
それでも解き方を覚えられなければ、
適宜に回数を重ねることが合格するために肝要。



とは言え、そうすることの実態は何か。過去問の解き方を忘れかけた頃にそれを思い出すことだ。それは言わば地面に掘った穴をわざわざ埋めて、更にそうした後をまた穴掘りするようなことに似て、人が最も苦痛を覚える無意味な行為を繰り返させる罰の様でもある。

であるからして、過去問集の解答練習はこれを完了することを容易にさせない。一方、本試験の設問、その七割が過去問の組みあわせでもあることからして、困難であってもこれを完了することが大切だった。さて、これをなすことはいかなる心持ちが可能にするのか。

例えばこうだろうか。
「今日もどうにかこうにかして○問解こう・・・」
「昨日も○問解いたから今日も○問でいいジャネ・・・」
「ダチは○問解くそうだからオレは○○問解ければいいや・・・」



なるほどね。
最初の心持ちは「どうにかこうにか」という生存レベル。
次のそれは「昨日も」とするところから現状維持レベル。
最後のそれは「解ければいいや」という自己満足レベル。

過去問の解答練習で困難を覚える受験生の多くは、コーチングや講座で耳にしたことから推察すると、それら基準のいずれかに居着いていた。
であるから、過去問の解答練習について効果を検証する模擬試験の得点が不調。合格に資する右肩上がりにならないばかりか、乱高下したり低調だったりする。

結果、過去問の解答練習は決して楽しくない。
その完了に困難を覚えて当然。



「じゃあどんな心持ちなら良いのよ?」
うん、それは実に良いご質問だ。

その答えが貢献レベルだ。
「未来のオレ・アタシを喜ばせよう(楽しませよう)」
そうした心持ちだ。

「それって意味プーなんですけど・・・」
そうだろうから、続いてご説明する。



その人たちとは、もちろんご自身のことだ。
試験勉強の合格が目的としたことの更に先の目的、
つまり目的のさらに大きな目的を果たしたご自身なのだよ。

自分は取得した資格を活用して、
職場や地域、ひいては社会に役立っている。
その結果として物心共に豊かさを多いに享受している。

そうした未来の自分が今という過去をこう思っている訳だ。
「あの時、過去問集の解答練習をやってくれてありがとう」



だから、オレ・アタシは未来の自分に、ひいてはその周りの人たちに貢献する。そうするレベルで過去問集の解答練習に取り組む。過去問集の解答練習を多いに意味あるものとして行う。

合格する目的の先にある更に大きな目的に貢献できるように。根性や気合いを入れたり、努力したりすることは不要。そうするのではなくて、その目的をしばし心に思い描いたら、過去問集の解答練習をやっていくのだよ。

「招来の○○の為に今日は○問を解こう」と。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちらhttp://kondotetsuo.
om/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken_nlp_coach.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年3月26日号


こんにちは。

試験勉強の進捗はどうですか。
NLP試験勉強法コーチの近藤です。

今月も既に下旬。
来週半ばで月が改まる。
関東以西の各地で桜は満開。

とは言え、目を転じるとそれもどうか。
季節が進んだことは、受験の接近も意味する。
合格を目指して受験勉強により一層の専心が求められる。

今夏、受験の予定ならば、過去問を繰り返し解く。
そうして「デシラ」の克服に邁進すべき時期。
それが春爛漫の今だと言えそうです。

その克服とは「デシル」を脳内に構築すること。
つまり「デシラ」だった過去問の解き方を知り覚えること。

とは言え、そうすることは一筋縄ではいかない。
現にこの時期も以下の様なご相談の絶える事がない。

「過去問の解き方が覚えられなくて勉強がもうヤ!」
「覚えたはずの解き方を思い出せなくて自分が情けない・・・」
「過去問の解き方を思い出すのに時間が掛かりすぎて勉強が大変!!」
それらのお悩みの大変さは、これを長かった僕の受験生期間からして多いにお察し申し上げる。本当に辛いよね。グスン・・・。

しかし、これをなんとかして克服、つまり過去問の解き方を必要な時に自由に想起できるようにならねば、その結果はどうだろうか。本試験の設問の七割が過去問の組みあわせから作成される。このことからして、合格を目指すことが困難であることは言うまでもない。

そこで今回は「過去問の解き方を自在に想起できるようになれる勉強法」をご案内したい。



まず、試験の設問で問われたり、仕事で上司や先輩に訊かれたり、つまり何か想起すべき切っ掛けのあった時に初めて想起される記憶と、それではなくて思うがままに「そう言えば、あの時のイベントは楽しかったわ」と思い出せる記憶とがある。そのことにお気づきであろうか。

そう、ご賢察のように、記憶の想起には前者のような間接的なものと後者のように直接的なものがある。前者は例えば歴史の年号やヤング率といった工学的な数値など自己の経験とは無関係な意味的記憶だ。後者は自己の直接的な知覚に基礎付くエピソードの記憶、いわば体験的記憶だ。

であるからして、前者は自分からして縁遠くあるので覚えにくく想起もしにくい。お気づきであろうが、過去問の解き方はこれに接した当初において「これって何よ」とぼやきたくなるように自己体験とは哀しいほどに疎遠である。比して後者は言うまでもなく失恋の記憶のようにあまりにも身近であるゆえに忘れようもなく想起も自在だ。

そうした前者と後者との違いは、「過去問の解き方を自在に想起できるようになれる勉強法」という合格を目指せるか否かという違いを創る違いとなる。前者を後者に転じる、つまり後者を引き金にして前者を想起する方法を暗示している。

例えば、意味記憶として覚えにくかった労働基準法のある条文を同僚に解説したり、同じだった構造計算のある算法を後輩に教えたりする。あるいは、試験でも頻出問題である確認申請のように建築基準法に関係する諸手続きで関係する行政の窓口とある条文について論議する。

そうすることなどを通して覚えにくいかった、結果として想起しにくかった条文や計算法を取り扱った体験を思い出すことを引き金にして間接的にであっても「そう言えば、あの条文(計算法)って教えたよな」と自分事として思うがままに想起できるようになれる。

そうてた仕事をしながらでも試験勉強として使える方法がティーチング勉強法であった。そのことは、拙著でもご案内の通りだ。だが、「オレ・アタシってまた下っ端だから教えられてばっかだから、そうするのってムリ」という実情もあるだろう。

仮にそうであってもその状況を泣訴するには及ばない。ある記憶に関して制限なく想起できるかそうでないかの違いを創る違いは、その記憶に関わる体験が直接か否かだった。

英単語の意味、まさに意味的記憶のように間接的な事柄の記憶でも、例えば「この単語の意味って『ジョン・ウィッチ』の字幕にあったことね」と言うようなことがあるだろう。自分が直接的に見聞きした事の想起を切っ掛けにしてそれは連鎖的に想起可能になる。そのように私たちは体験的記憶をトリガーにして意味的記憶を想起できる訳だ。

その事はこれに気づくことで、例えばお気にである故に手に取るように店内を思い出せるレストランので大好きなメニューを食しながら、覚えたいのに覚えにくかったある過去問の解き方を何回か勉強する。すると、不思議なことではあるが、あの食事を想起するとその時に勉強していたことを無理なく想起できるようになるだろう。

ある直接的な知覚はそれに関連して知覚された対象という船を記憶の海に確りと投錨する。主観的で強烈であればあるほどに、それに関連した例えば過去問の解き方というような非主観的な事柄を間接的であるにしろ連鎖的に想起させる有用なトリガーとなる。

嬉しかったり楽しかったり、時にドキドキしたりというような体験はその強度に相関してこれに関連することを多いに想起させる。だからといって、ジェットコースターに乗りながらでも試験勉強をしろとは決してお勧めしないが、あることが別のことを想起させることは、つまるところアンカリングそのものだから。

「過去問の解き方を自在に想起できるようになれる勉強法」とは、ティーチング勉強法に象徴される方法だ。自己の直接的な知覚を通して、例えば試験本番でも自分に間接的で意味的記憶としてあった過去問の解き方を「そう言えばこの設問の解き方って、あの時に『教えた(仕事した、勉強した)ことだ」というように想起できる学習法だ。必要とする時にある記憶を自らの意志で無制限に想起可能になれる方法である。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちらhttp://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken_nlp_coach.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「マインドマップ資格試験勉強法」改め
「NLP資格試験勉強法」公式ブログ版2021年2月19日号


こんにちは。

勉強の進み具合はいかがですか。
NLP試験勉強法コーチの近藤です。

まず、冒頭で表題の変化にお気づきだろうか。
資格試験勉強法の冠をマインドマップからNLPにしました。

その双方は世界的な頭の使い方。以前からマインドマップもNLPの視座で語る方がより僕には統合的に語れた。そうすることをこの連作で多く採用していた。よって、今号から「マインドマップ資格試験勉強法」は「NLP資格試験勉強法」と改題した次第です。

さて、今週末は2月も下旬。今月は「にげる」と言われる通り。あと一週間強、瞬く間に終わるのだから。体調も万全で勉強にもご注力のことと拝察。草木のようにこの時期の辛抱はやがて開花する。


今夏、受験予定ならばこの時期は基礎を仕上げるとき。繰り返して強調する。基本用語やそれを基盤に展開される基礎知識を蓄積したい。加えて、最近の出題傾向からして関連知識の裾野も広げたい。その為に日夜、法令集や受験参考書を精読されていることであろう。加えて、通勤時間にそれらを架設する聴覚教材もご活用とも推察する。

次のことはこの時期に限らない。
しばしば拝受するお悩みとして以下に続く。

「要点を多彩に大書きして紙張りしても覚えられない」
「聴覚教材が効果的と聞くけどオレはそうじゃなさそう!」
「他のコは書いて覚えられてもアタシはそうできなくて嫌!!」

そう言うお悩みをご覧になっていかがだろうが。確かに「それって誰にでもありそうだから仕方ない・・・」と思われるだろうか。とは言え「仕方ない・・・」とその状態を諦めたり放置したりすることで合格を目指す事は済まされないはずだ。仮に今夏が受験予定ならば、基礎力の強化は喫緊の課題であるのだから。

では、仕方ない勉強法をそうではなくて「どうにかする」にはどうすれば出来るのだろうか。

今回は受験生一人ひとりに有益な勉強法とは何かを考えてみよう。



受験生一人ひとりに有益な勉強法とは何か。
その事例として、次のようなことをご存じたろう。

「やっぱ、あの速読法でしょう」
「いやいや、最後はマインドマップじゃね」
「そんなことより、高速再生の聴覚教材だよ」
「なんたって予備校の講義を真面目に聴講することさ」

うん、まさにその様相は百花繚乱。美しいお花畑を目にすることに似て目の定まる所がない。で、それらを試さなくても、あるいはどれかをお試しでその効果をよくお感じになれない向きにおいて、「オレ・アタシにピッタリの勉強法って何」と悩みの種が芽吹く訳だ。

そもそも、万人に共通して効果的、有用な勉強法はあるのだろうか。確かにそれのあることを誰でもが望むところだろう。だが、事実、それのないことは、「それがあったら苦労はしないはず」とお考えのように周知のことだ。

仮にそれがあるのなら、とっくの昔に、例えば義務教育の頃に、あるいは学生の受験生時代に、それを実践していたことだろう。加えて、この高度情報社会で、そのような勉強法はとうに巷間に流布することは怪しむに当たらない。



それのない事実は、「万人に共通して効果的、有用な勉強法はない」とけんもほろろに示唆している。であるから、「あとはその勉強法を見つけられる者は見つけよ」と話を結びたいのが正直な所だ。だが、それでは勉強法をお伝えしてきた甲斐がないので、次の基本的な勉強に関する方針を繰り返しご提示してきた。

記憶・学習 = 繰り返しの回数 × その回毎の強度

何かを覚える、学ぶことの基本はそうしたい対象を見聞きする、触れるという知覚の回数にある。実際、自らの名前は、これを名付けされて以来、繰り返し聞かされ、書いたものを見せられる。やがて自ら発語したり書いたりした。そうしたあまたの接触を繰り返しの回数としてきた。結果、頭蓋骨を割るような致命傷を負わない限り忘れようがない。実に効果的に記憶・学習できている。

同時に、知覚した内容の善し悪しは何れにしても、その強度のあったことはいまだ鮮明に忘れたくても忘れられない程に記憶・学習されているだろう。例えば、強くビターなチョコレートの味覚にも似た強烈な恋愛体験はどうだろうか。その強度からして、「うん、それってもういいから・・・」と呻きたくなる記憶・学習となっているだろう。

有用な勉強法のないことでお嘆きの諸氏は対象を知覚することにおいて繰り返しをすることの少ないことを共通とすることが長く講師やコーチを務めてきて分かっている。そのことは勉強法に限らずに仕事術や成功法則など多様な分野に徴される。「やってみたら上手くいかなかったからあれって駄目」と2、3度しか試みたり知覚したりすることなくご宣言である。



その一方、「成功したければ、成功するまで失敗することだ」とする名言のあったことをお忘れだろうが。多くの人は、失敗することを悪と捉えることからして、先のことをわずかに一度上手くいかなかったことを理由にして忌避する。

対して、先の名言を旨とする向きは、失敗することを悪とするのではなくて、「失敗はない、あるのは学びだ」とする。繰り返すことを基盤にして、上手くいかないこと・方法、それらを記憶・学習の一端にできる。

もちろん、何事をなすにしても、それをなせる可能性は無限だ。しかし、それをなすために使える時間や労力、資金などの資源は有限であることはご指摘のとおり。であるので、繰り返すことにもその上限を設けることは当然のこと。だからといって、繰り返すが2度3度位で諦めることは早計。



以上からして、各種の勉強法という学習・記憶に関して可能な限りにおいて先の公式に立脚して実践されることをお勧めしたい。学び、覚えたい対象を許容できる最大の回数で見聞きしたり触れたりする。

例えば、法文集をただ2、3度黙読するのではない。そうではなくて時間の許す限り音読したり、声に出しつつ書き取ったりする。あるいは、それを音読するついでに録音して繰り返し耳から知覚する。加えて、人目が気にならない状況で聞いた内容を後追いで復唱してみたい。

そのようにして記憶・学習に関して「繰り返しの回数 × その強度」を多彩に探求してみる。すると、自分に最適な有用な勉強法を見つける事が絵になったり言葉にできたり身振りになったりできる。やがて、ご自分にとっての「学び方を学ぶ」ことが可能になろう。そのことは合格をもたらす以上に生涯にわたる有用性となろう。



四半期と言う短期で成果の追求に勤しむことを常識とされる株式会社的な思考に馴染んだ諸氏におかれては「なんだ、『これで解決』の方法じゃないんだ」と落胆されただろうか。そうであったなら誠に申し訳ない。だが、「これさえやっていれば誰でもが大丈夫なのに、上手くいかない(あなた)って駄目」と一括りにされるのはどうだ。

事実、人は顔かたち体つきが人それぞれだ。同じ学ぶにしても見た方が、聴いた方が、触った方が、それらを組み合わせた方が、より良いと言うように記憶・学習の仕方も千差万別。実に個性的である。

先のように十把一絡げにされることは、誰もが1つのアプリを入れればその働きの様に没個性的に作動するスマホではないので、これを少なくとも僕は願い下げる。

僕は誰にでも最適のノウハウのないことに頷ける。自分に最適の勉強法を探求することにこれからも魅了されていたい。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆近藤哲生のNLP資格試験コーチングはこちらhttp://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken_nlp_coach.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
マインドマップ資格試験勉強法」公式ブログ版2021年1月22日号


こんにちは。

勉強の調子はどうですか。
資格試験勉強法NLPコーチの近藤です。

コロナ感染拡大が飽くことなく報じられる毎日、
皆さん、そしてあなたは息災にお過ごしでしょうか。

そう言う僕といえば、食料など日用品の買い出し以外は不要不急の外出を避けた自宅での卓上業務に励む日々が続いています。

そもそも、僕は「年寄り臭い」と外出を好み活発な高齢者も存在することからすると偏見的な非難を幼い頃から家族にされるほど出不精な性格。ですから、先の籠城的な生活がまったく苦になりません。

むしろ快適な毎日と言えるくらい。コロナ禍でそうした性格が幸いするとは夢にも思いませんでした。そう言えば、「事塞翁が馬」という諺を思い出します。



さて、早いもので今月も下旬。
次第に年度末の様相も色なくなり始める頃。

なんやかやと忙しくなって、「勉強するなんてモウ無理」と怒鳴りたくなる毎日でしょう。その一方、まだ先のこととは言えども暦の日付が進むことが、その分だけ受験日が迫りつつあることを示唆している。

そうした忙しい状況下、もちろんこの時期でなくても、塵も積もれば山となる事からして、少しでも多くの勉強時間を捻出することは、合格を目指す受験生として喫緊の課題。そのことが、コーチングをご活用の皆さんが時間に関して滲ませる悩みから拝察されます。

それに対する有用な解決策の1つは、通勤(既にテレワーク中でそれは関係ないにしても)、炊事や洗濯などの家事をしながらの学習が可能な「ながら勉強」のできる聴覚教材の活用です。参考書や過去問の解法解説を読んでも分からなかったことでも、聴覚教材を聞いているうちに「いつの間にか分かるようになれた」という効果を多いに期待できるのですから。

ところが、そうした夢のような聴覚教材を使っていながら、「効果がなくて騙されたみたい」という感覚を禁じ得ない皆さんがいるのも事実です。やれやれ、移動や家事の時間を活用できもする聴覚教材を有用に使う事はどうすればできるのでしょうか。

今回は合格を目指せる聴覚教材の有用な活用法をご案内します。



「三回聞けば要点が丸わかり」としたり「聞いているだけでポイントわしづかみ」としたりする魔法のような効果をうたった聴覚教材はどうすれば、そう言う有用性を享受することが叶うのでしょうか。

もちろん、さまざまにその種のものを活用してきた僕の経験からすると、「そんなものがあれば勉強するのに苦労はしない」と感じたり「そんなうたい文句のコンテンツって詐欺じゃね」と思えたりする聴覚教材があるのも否定できない事実です。

しかし、件の教材はそうではなくて使い方次第では、「知らないうちに過去問が解けるようになれたの・・・嘘みたい」と思えたり「こんなに効果があるのなら、なんでもっと早く活用したかった!」と感じられたりするものも短見が及ぶ限りでいえば実際にあります。

ならば、そのような聴覚教材を活用できない場合とそれを逆に活用できる場合との2つにおいて、そのような違いを創る違いとは何なのでしょうか。もちろん、その答えは活用や使い方もあるのですが、それよりも高い水準をあることは先の教材に臨む時にあるべき使用者の学習態度です。

そういう「態度」というと、「なによ、精神論で悩みが解決できるのなら苦労はしないわよ」と苦悩の声が聞こえてきそうです。しかし、先の態度というのは単なる精神論ではありません。

そうではなくて、「オレが知りたいのって、総資本利益率や自己資本利益率の出し方だ」や「アタシが分かりたいのは、『建物の高さ制限』の問題を解くときに法令集を調べる時のコツなの」ということのように、聴覚教材を使う時にあるべき明確な目的意識、つまり「この聴覚教材から学べることってナニ」という問題意識です。

というのは、例えば日頃から欲しいと思っているグッズやファッションやがあると、それらに関するCMに対して知らぬ間に聞き耳がたっりいたり、「これこれ、これなのよ」と目が釘付けななったりするように、私たちの蔵する情報処理の仕組みは、前述の様な目的意識や問題意識を基盤にして無意識のうちに駆動するからです。

ですから、「私がこの本から知りたいのはメルマガを活用した集客方法である」と本を読む前に目的意識を高める自己宣言を取り入れたある速読法にしても前述した仕組みを活用することで、衆目を集めた速読法としての有用性を担保していたのです。

それはさておき、以上をまとめましょう。限られた勉強時間のなかで有用ながら勉強を可能にしてくれる聴覚教材の活用方法とはこうでした。「オレはこの教材を聞くことで○○について知りたい」とか「アタシはこのコンテンツを聞くことで○○の解き方を理解したい」というように目的意識・問題意識を事前に明確にしてこれを聞き始めることなのです。

そうした意識を明確に有する為にも、カンニング勉強法を実践して自分のデシラを事前に明らかにしたり、リンキング勉強法によってその頻出でありながら解き方を知らない過去問に関わる関連知識の存在とその必要性とを把握したりすることが前提であるは、いうまでもないことでした。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
☆近藤哲生の資格試験NLPコーチングはこちら
http://kondotetsuo.com/shikakushiken-nlp/coaching/shikakushiken_nlp_coach.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

秋の連休も今日で終わり。どのようにお過ごしだっただろうか。このところ、「気づきとは何か」を考えている。皆さんにとって、気づきとはいかがなものだろうか。

 

例えば、「アッ」と呟いてしまうあの感覚である。1例だが、背景色である黒で描かれた顔が左右対称に向かい合っていると最初は見える絵があるとしよう。黒で描かれた図だと認識していたものから、ある瞬間の事、突然に白地の壺や花瓶の形が浮かびあがる。同様に、鼻の大きな老婆の絵から美少女が現れる例もある。

 

そして、気づきはその感覚の下層にもっと深い何かが起こっている何かだ。感覚的に表現してみると、固定していた視点が一挙に転換する。例えば、視線が人の目の高さから、鳥の目の高さに変化する。当然にこの時はより広大な情景を目にするから、新たな認識が起こり、その認識は人をして新たな思考に誘う。

 

あるいは、自分から抜け出た自分が何かを見ている自分を観ている感覚とも言える。つまり、自分を観ている自分は二重に認識している。認識の認識を得る、つまり上位の認識であるメタ認識をしている。メタ認識の視点は、ある認識を別の認識から捉え新たな思考を起動する。認識する対象に新たな意味づけを与える。

 

NLP的にみれば、メタ認識をしている時に、物事を多面的に捉える事ができる意味の再定義を起こすリフレーミングが可能だ。例えば、雨を嫌う視点にある営業マンはやる気をなくす。だが、それらの営業マンを眺める視点に立てる営業マンは、雨天を競争相手がやる気をなくしている好機に転じられる。

 

こうして、私たちは何かを認識する事から始めて、それを捉える自分を認識してと、ある対象をより大きな視点から捉えて新たな意味を持つ能力を蔵している。この能力は何かを認識している自分を一定の時間に心像として心の中に保持する能力があって可能な人と人に近いとされる数種の動物に可能な事だ。

 

例えば、片道90分の通勤時間を退屈だと認識しているとしよう。その認識ないに留まる限りは、通勤時間の意味づけはそこに釘付けされたままだ。だが、退屈だと認識する自分の姿を認識できる別の視点を持つと、通勤中に受動的に何もしないで退屈だとしていた自分も見えてくる。そこで、一例だが聴覚学習をする事が閃く。

 

この能力を発揮している瞬間こそが、問題が問題でなくなる瞬間だ。問題が解決した瞬間と言っても良い。話しを視点に戻せば視点の次数が1つ繰り上がった時であり、気づきを得ている時だ。人によってはこの時をブレークスルーと呼び、別の人はこの時を閃きや発見と言っている。これが常時ある人を天才と呼ぶのだろう。

 

では、そのように天才的な視点の持ち方、つまり頭の使い方は常人にはできないのだろうか。確かに、凡人には無理だと諦める事もできる。だが、天才そのものになれなくても、近づく事は可能だ。天才はエジソンが言うように努力の結果であるからだ。近づくために何らかの努力をなせば良い。

 

そうは言っても努力には辛くイメージがある。その一方、辛い努力をしなくても天才に近づける方法を提唱する人がいる。世界の叡智、神田昌典氏と勝間和代氏が大絶賛する「アインシュタイン・ファクター」共著者のウィン・ウェンガー博士だ。この度、喜ばしい事に博士が再来日し、11月27・28日とセミナーに登壇される。

 

それが、「プロジェクト・ルネッサンスセミナー」、イメージストリーミング・ワークショップ である。イメージストリーミングは脳内を流れる膨大な感覚情報を言葉にする事で認識し、その認識から博士独自の手法によりメタ認識を得る手法だ。天才的な気づきを得る方法である。まさに、天才の頭の使い方を学べる好機だ。

 

詳しくは下記をご参照いただきたい。
http://www.winwenger.jp/index01.html

 

もし、天才の頭の使い方に興味を持ち、ワークショップに参加申し込みをされる際はコメントに「近藤哲生から紹介」とひと言書いていただければ、ウェンガー博士の1ファンとして幸である。

失敗することに成功する

|

成功に興味を持ち続けてきた。

もちろんまだ成功の途中にある。

 

だから、自らも学び、人にもそれをお伝えしてきた。

お伝えする形は、講座や日常業務の中と様々な姿を取る。

3日や4日間の講座を担当すると興味深いことにたびたび遭遇する。

 

その興味深いことを以下に述べよう。

ご参加の方が講座にご参加の意図は大きくいえば「成功」を目指す。

 

もちろん、個人的なことから公にかかわることまでと成功は多様だ。

その成功を手に入れたいとして参加費を払い、貴重な時間を投資される。

ところが、講座が進行するとある時から別の成功を果たす方が現れる。

その人は、「参加の目的とは違った成功」を目指す。

 

もちろん、そうなることを避けるために予防策をとる。

予防策として、全ての実習に参加することや、成果を作る秘訣を学ぶ。

 

だが、ある方は自分が成功するのに不可欠な実習に参加しない。

または、自らが参加を決めた講座自体を途中でリタイヤする。

そのやり方は、体調を崩す、電車に乗り遅れ遅刻をする。

あるいは、居眠りをする、課題をやり忘れる、落ち込む。

その創造性の多様さは実にみごとなものだ。

 

そうする理由は、ずばり「失敗することに成功する」こと。

講座において、実習に参加しない、居眠りをする、などの結果は明らかだろう。

人生に新たな可能性を開くといった成功とは真逆の結果が来る。

こうして、ある人は「失敗することに成功する」。

 

では、なぜそのようなことをするのだろうか。

確かに、その人が心理や知的に機能していないからかもしれない。

しかし、その人は全くして機能していると申し上げて間違いない。

人は決して故障などせず、全く常に機能し続けているからだ。

「人は完璧に機能する」とNLPの前提は教える。

 

と見ると失敗することに成功する人は、失敗することに機能している。

つまり、機能していないのではなく、機能が成功ではなく失敗に働いている。

驚くかもしれないが、結果はそれそのものだ。

実習を、講座をネグレクトすれば、確実に参加目的を果たせない。

それを目指して自らの全機能を傾注すれば、確実に失敗を果たすことができる。

 

なぜそうするのかが興味深い。

長年それを探求して1つの仮説に至った。

失敗することに成功する目的は「愛を求める叫びを発すること」である。

分かりにくい言い回しをして済まない、つまり「私を見て」がその本義だ。

自らが失敗し傷つくことで注目を得ることが、失敗を目指す目的である。

 

1つの情景を提示する。

母親に叱られて機嫌を損ねた幼児が時になすことがある。

例えば、母親の目の前で不意にミルクをこぼす、急に兄弟姉妹を叩く。

そう言う事態は必ずや、母親が自分以外のものに心を向けているときだ。

弟や妹に母親の愛が注がれているときに偶然と思えないタイミングでおきる。

 

それをなす幼児の意図は「ママ、私を見て」の叫びを届けることだ。

幼児が、母親の注目をして自らへの愛を感じるのは、健全である。

この場面でも、人は全く機能している。

機能の方向は愛情の獲得にあるが、ただその方法に失敗がある。

だが、成功することに手段を問わないレベルにおいては、成功している。

 

話しが迂回した。

講座の場面に話しを戻そう。

 

つまり、失敗することに成功する人は「愛を求める叫び」を出している。

換言すれば、注目つまりストローク、承認を欲求している。

「私はここにいる」「私はここにいた」、そのことを認めて欲しいと。

幼児の「ママ、見て」と符合していると見れないだろうか。

そう、体は物理的に大人であっても、心の中に幼児がいるのだ。

 

そのことをして、退行現象だとくくって話しを終わらせたくない。

人はいくつになっても自らの内部に幼子を宿している。

交流分析は「自然な子ども」と呼称する。

最近のセラピーは「インナー・チャイルド」という。

 

その幼子は私たちの根幹に宿しつつ、強力な影響を与える。

時には輝かしい創造性を発揮し、その創造性は黒い影をなすこともある。

影をなすことが、「失敗することに成功する」ことである。

 

では、どのようにすれば良いのか。

 

これまでの理路から心にいる幼子を支配することとも考えられる。

しかし、それで上手くいかないことはお察しの通りである。

支配が上手くいくのなら、講座をネグレクトする人はでない。

それができないから、「失敗することに成功する」。

 

1つのご提案ができるとすれば、折にふれて自分の俯瞰することだ。

つまり、自らを上空の視点から観察し、いま何をなし、なしていないかを見る。

そこから真の成功にむけて自らが機能するように、新たな選択をする。

 

もし承認を求めたければ、肯定的な形でそれをなす事を意図する。

肯定的な形をとることが困難なら周りに援助を求める。

援助を求めることは、決して失敗ではなく、成功への一歩だ。

 

成功の途中にありながらできることがある。

成功することに成功しているか大人の目で己を止まって観る。

「失敗することに成功したいのか」と自らに問いかけることはできる。

そうして、自らを成功することに成功するように機能させる。

 

さて、いまあなたはどうだろうか。

失敗すること成功しつつあるだろうか。

それとも成功することに成功しつつあるだろうか。

是非とも、そのことを始めた当初の目的に立ち戻って頂きたい。

 

 

今年、最後の試験勉強術講座

|

21日に講座を開催した。

今年、最後の試験勉強術講座だった。

師走の日曜日、4人の方がご参加になった。

 

考えてみれば、忙しい週末のご参加であるからありがたい話しである。

その忙しさはクリスマスの準備や年末の大掃除と大変なものと拝察する。

その状況にありながら優先的課題として試験勉強を考えている人たちがいた。

その人たちが今回のご参加の4名である。

その中にはなんと北海道からのご参加もあった。

 

いま大企業における大規模な人員削減やリストラが喧伝される。

この社会状況で自分を守れるのは自分しかいないとお気づきなのだろう。

もちろん資格取得が必ずしも盤石の将来を約束するわけではない。

しかし、資格があればないよりも他者に較べて優位性を保てるのは事実。

そうでなくても、資格を取得した経験そのものが自信になり力になりえる。

 

募集を締め切った時点で本講座は7名のご参加で開講する予定であった。

だが、1名の方が師走の状況において参加費のご入金を失念されていた。

ご確認のお電話をを申し上げると次のようであった。

「忙しくてキャンセルの電話をできませんでした」とのお言葉。

 

なるほど。

忙しいとは心を忘れると書くから納得のいく話しである。

しかし、心を忘れたとして自ら選んだことを失念して良いのだろうか。

 

忙しい状況でも事をなし得る人となし得ない人にはやがて違いが訪れるからだ。

その違いは状況に左右されずに事をなし得るかどうかである。

換言すれば、状況主導の人生か、自分主導の人生かとも言えるだろう。

または、状況を創る人になるか、状況に自分を創られる人になるか。

 

人生は常に選択の連続である。

その選択に善し悪しはない。

が、いずれにせよ結果は大きく違ってくる。

その結果が出てから、「私の人生はこんなんじゃない」と泣き言をいっても遅い。

遅いがそれが人生における選択の結果というものである。

 

さらに言うなら選択の結果は常に学習される。

この場合の学習は「自ら決めたことは形にならない」である。

称揚していえば「自ら決めたこと、つまり思考は現実化しない」である。

 

学習は言い換えれば、習慣の形成であり、つまりは癖の成立である。

この事例は、自分がやろうと思ったことは結局は自分は「やらない」となるのだ。

勝とうと思っても勝てない、つまり負け癖がつくことになる、とも言える。

 

大事なので1つ申し上げる。

やれないのではなく「やらない」のである。

NLPは「人は常に十分に機能している」を1つの前提にする。

その前提からすると人は能力がないのではなく、能力がないように振る舞う。

 

その事からやらないことを「やれない」という言葉に置き換える。

出来事を言語化する過程で歪曲・省略、一般化のどれかが起こっている。

「やれない」と言う方には「やれないのか、やらないのか」とお聞きする。

または「何が止めているのか、誰が止めているのか」ともお聞きしたい。

 

そして、もう2名の方は身内のご不幸を理由にご欠席となられた。

ご不幸についてはお悔やみを申し上げるばかりである。

お亡くなりになった方のご冥福をお祈りする。

 

この事から二十数年前のあるセミナー風景を思い出した。

セミナー参加者がセミナー2日目に遅刻をした。

遅刻の理由は電車が遅れたとのことであった。

 

なるほど、仕方のない理由であろう。

それに関して講師が聞き慣れないことを口走った。

「電車が遅れたのはあなたのせいだ」と厳しい口調で述べたのである。

その言葉に当時は何と理不尽なことを述べる講師か、と憤ったものである。

しかし、今はその理不尽な言葉が極めて理を尽くした言葉に聞こえるのだ。

 

遅刻をした人が電車を遅らせたというのはレトリックである。

講師が言いたかったことは「遅れる電車に左右されたのは誰か」である。

つまり、行動の源、その結果を作った本人の準備なりあり方を問うたのだ。

もし遅刻をした人が、セミナーにもっと本気で参加をするならどうだろう。

たぶん、そのリスクも想定して余裕のある行動を取ると拝察される。

 

こうして理路をたどると次のように言えないだろうか。

理不尽な言葉を述べた講師が述べたのは「自分の人生に責任を持て」である。

 

講師業を営む者としてこの言葉が常に心のどこかにとげのように刺さっている。

参加者がいる限りどんなことがあっても講座の会場に行くのが筋目だからだ。

参加者の方は時間や資金を都合し、さらに決意もして会場においでになる。

だから「親や身内の死に目に会えないな」ともしばしば思う。

身内には本当に申し訳ない事であるが、それが講師という生業である。

 

閑話休題。

 

年末の忙しさにかまけて自分の課題を忘れるのは人の常。

あるいは年が改まって事を起こそうと先延ばしすることも同じ。

双方とも決して怠惰からそうするのではなく、ある種の勤勉さからそうする。

その勤勉さは変化を求めながら変化を先のばしにする自己防衛を表している。

人は成長を求めながら成長を避けようと常に勤勉である。

 

それについてはブログで諸所に述べてきた。

また各種の講座でも年寄りの小言のように繰り返してきた。

だが、なかなかご理解を賜ることができないことは残念な事である。

しかし、残念がってばかりはいられないので来年も声を発し続けるであろう。

 

さて講座も好評のうちに終わった。

ご参加の方からは様々な喜びの声を頂いた。

試験勉強に関して自信を持たれた、確信を深められた、納得された。

それぞれに試験勉強に前向きな姿勢で講座会場を三々五々後にされた。

 

そのあと共同開催者の萩原講師と矢嶋講師を交えて忘年会を催した。

久しぶりに馬刺しや美味しい手羽先を頂きながら酒を酌み交わした。

互いに一年を振り返り談話風発して楽しく一時を共有した。

 

また、来年も試験勉強術講座を開催する。

もっと多くの方に試験勉強術を通して様々な思いを伝えたい。

気づけば長文になったが、自分の選択について考えていただければ幸いである。

 

2009年の合格を目指す試験勉強術は2月11日に開催

 

 

インプットのパラドックス

|

こんにちは。

BLI&NLPトレーナーの近藤です。

 

10月に入ってから、執筆活動にいそしんでいます。

実は、以前アップしていた試験勉強術を本にしています。

 

 

本を書いていて思うことは、アウトプットの頭に対する効果性です。

 

 

アウトプットと言うのは、ここでは本を書くことです。

文章を書いていると、さまざまなひらめきが降りてくるのです。

アウトプットをすると、情報が入ってくるとよく言われますが、

情報は外からも入ってくると考えられます。

 

でも、情報が入ってくるのは、

外からばかりではなく、自分自身からも入ってくるのです。

自分自身からというとちょっと変に聞こえるかもしれませね。

つまり、文章のアイディアが閃くわけです。

 

例えば、文章に煮詰まってなかなか書けないとき、少し休憩をとります。

休憩として、お茶を飲んだり、買い物に出かけたりします。

するとどうでしょう。

 

不思議なことに、文章書くためのアイデアが突然に閃くのです。

どこからともなく、「こういうふうに書けばいいんだよ」と自分がささやく。

 

なんだかスピリチュアルみたいで怪しい話に聞こえるでしょうか。

でも、慣れてしまうと結構それがおもしろいのです。

なぜならば、自分が自分に答えを教えてくれるわけですから。

 

なぜそのようになるかを考えてみましょう。

たぶん、そうなるのは脳の性質があるからでしょう。

 

私たちの脳は、目標を達成しようとつねに働いています。

だから文章を完成させようという目標を無意識に持つ。

すると、目標を達成しようと対してずーっと脳が情報を集めている。

集まった情報が形となって、脳の中でひらめきとして現れるようです。

 

その前提となっているのは、

アウトプットをしてどう書けばいいかを考えること。

 

疑問を持つことがが、

つまり脳に対して目標設定をすることになるのでしょう。

目標設定の効果は、

フォトリーディングのような速読法にも取り入れられています。

 

速読のプロセスに入る前に、

なんのために本を読むか目標設定をします。

目標設定を受けて、脳は目標の達成に向けて情報を集めてくれます。

だから、一時間で1冊の本を読むような高速な情報処理ができるわけです。

 

ここで大事なのは高速な情報処理ということです。

結果的に早く読めるだけです。

 

よく、早く読むことが速読の本願のように言われます。

でも考えてみると、

いくら早く読んだとしても、欲しい情報が入らないとしたら無駄です。

あるいは目的に沿わない情報をいくら集めても、

時間をどぶに捨てるようなものです。

 

無駄にならないために何をすればいいか。

答は、自分は何が知りたいのか目標を決めること。

目標を明確にするために役に立つことが、アウトプットです。

 

アウトプットとは、知り得たことを誰かに話す。

本で読んだことをもとにして自分の知見を本にする。

本から得た情報を自分なりに加工してプレゼンテーションをする。

以上のようなことを言います。

 

アウトプットをするときには、

なんのためにというのが前提にありますから、

いやがおうでも自然に脳に対して目標設定をしているわけです。

 

ですから、アウトプットを前提に本を読む。

あるいは文章を書いていく。

誰かに話す。

 

そうすると、自分自身の潜在意識が、

つまり脳が自分に情報を与えてくれます。

 

ことわざに、

「求めおさらば与えられん」、

と言いますが実は、「与えよ与えられん」、

というのが本当なような気がします。

 

それは、

文化人類学者のレビ・ストロースが言っていることが、

相似形になっているような気がします。

 

ストロースは、次のように言います。

人は自分が欲しいものをまず周りに与えることで、

人は自分が欲しいものを、次に周りから与えられる。

 

ストロースがいうことに似て私たちは、

アウトプットすること、つまり与えることで、

欲しい情報を周りや自分自身から、

インプットされるつまり与えられるわけです。

 さらに言うならば、何かを覚えようとするならばどうするか。

 

 

自分が覚えようとすることをアウトプットしてみることです。

 

 

アウトプットしている状況が体験記憶として頭に残りますから、

頭に残った体験記憶が覚えようとしていたことを思い出す手掛りになります。

結果で2アウトプットすることが、自分自身にインプットすることになります。

 

何か覚えようとするとき私たち一生懸命インプットに励みますが、

よく考えてみるとここにもパラドックスがあるようです。

すなわち、アウトプットはインプットです。

 

 

インプットしたいならば、まずアウトプットすることです。

 

 

アウトプットの大切さを語る近藤の講座は下記にあります。

マインドマップ基礎講座ディスカバー・ミッション講座

 

 

 

 

 

お久しぶりです。
BLI&NLPトレーナーの近藤です。

 

BLIはブザン公認インストラクターの略で、
マインドマップのインストラクターの公式名称です。

 

久しぶりのアップですが、長文になっております。
お時間があればご笑覧ください。

 

昨日は知的な関心を誘うテレビ番組を見ました。
NHKが放映した読字障害を取り扱ったスペシャル番組です。

 

その番組を見て腑に落ちたことがありました。
「人は文字をやはり音声情報に変換している」ことです。

 

脳トレの各種講座を開催すると、
しばしばお受けする質問がありました。

 

「黙読や速読のときに、
音声化してしまっているようなですが、
これでいいでのしょうか」でした。

 

「本を読む、理解することは、すなわち思考です。
だから、音声化つまり言語化が起こるのは自然なことです」と、
答えております。

 

その答えの背景がありました。
東北大学の川島隆太教授が行われている脳機能イメージングです。

 

川島教授の研究発表を拝読すると、
黙読も音読も当番組が言っていたように言語野、
つまり言葉を組み立てるブローカー野と、
音声の意味を理解するウェルニッケ野が働いていることが分かります。

 

つまり、読書するという思考活動に音声化、
つまり言語活動は欠かせないことが理解できます。

 

また、被験者になったある大学教授が、
授業のリハーサルを頭のなかでやっている時も、
脳機能イメージングで脳の活性化を調べると、
同じく言語野が盛んに働くことが分かっています。

 

すなわち、「思考は言語」と言うように、
思考活動の端的な例である読書においても言語活動、
すなわち思考活動あらわれとして音声化は必須といえます。

 

思考は言語というと、極端な言い方のようでしょう。
が、「言葉を使わずに、何かを考えて下さい」を試すとどうか。

 

その言葉をお聞きになった瞬間に、
「言葉を使わずに考えるって何」とお考えになったでしょうか。
よって、思考は言語ともうしあげましたが、偏った言い方ではなく、
脳科学的に見ても的外れではないと断じて良いのではないでしょうか。

 

では、フォトリーディングにかかわる音声化はどうか。

 

確かに、素速く読めるために音声化はされていないように思われます。
正確に言えば、ページをめくっているフォトリーディングの最中は、
文字を視覚情報として認知するだけの段階なので音声化はないでしょう。

 

しかし、
フォトリーディング・ホール・マインドシステムとして考えるとき、
本の内容を理解する段階のディッピング、すなわち活性化の段階で、
文字の音声化はあって当然であると考えます。

 

理由はこうです。

 

フォトリーディングについて、
脳波の変化は公表されているが言語野の活動の有無は言われていない、
つまり音声化がないとは言われていない。

 

加えて、開発者のポール・R・シーリィ氏が、
フォトリーディング・ホール・マインドシステムで、
音声化について否定していない。

 

川島教授が公表されている黙読の脳機能イメージを見ると、
言語野が活動し音声化のプロセスは働いている。

 

以上により、フォトリーディングで本を読み理解することも、
思考活動の一端であるからもちろん音声化は伴うと考えられます。

 

もちろん、
「フォトリーディングのシステムに音声化は当然にある」
と申し上げたからといって、その効果性を否定するものではありません。
小生もフォトリーディングを愛用しています。

 

では、なぜあの様に早く読めるのか。
プレビューやフォトリーディングと言った事前の準備をして、
読むべきところをディッピング、つまり拾い読みをするからです。

 

準備段階で本の内容は何度か目にしているわけで、
自分が読みたいところに馴染みを持っている、
つまり初見ではない楽譜なら技量をもつ奏者なら、
楽譜の曲を上手く弾けることに似て、
フォトリーディングでも早く読めるとも言えるのではないでしょうか。

 

最後に、どのような読書や速読法をするにしても、
それが思考活動である以上、思考は言語から申し上げるに、
それらの速度や理解度を左右するのは言語力ではないでしょうか。

 

ならば、言語力は何で得られるかですが、
結局は地道に日頃している読み書き、
つまりは国語力を延ばすことと言えるようです。

 

読書を効率よくするために速読を人は目指すのですが、
実は速読を上達させるのに地道な読書による言語力の鍛錬が不可欠、
というパラドックスがあるのではないでしょうか。

 

地道に蓄えられた語彙があるから、
一瞬の目視にて音声化を意識できない速度で文字の意味を把握できる。
語彙量と判読速度の比例が人をして速読と思わしめている。

 

例えば、「カレーライスを食べた」なら、一瞬に意味を判読できる。
しかし、「問題は某社のCDS清算会にある」は意味不明でしょう。

その理由はCDSや精算会が何を意味するか語彙がないことです。
つまり、読書の速度はそれをする人の語彙力に比例するのです。
語彙力は言語力を支え、やがては思考力も支える。
地道な言葉の勉強が必要ではないでしょうか。

 

故人に曰く「急がば回れ」。

 

地道で効果的な勉強法をお伝えする講座を下記からご覧下さい。
初めてのマインドマップで学ぶ合格を目指す試験勉強術

脳の取り扱い説明書

|

皆さん、こんにちは。

実践ブレイントレーナーの近藤です。

NLPトレーナーと公認マインドマップインストラクターの2つのライセンスを持っています。

 

数年前から始まったのが脳トレブーム。

 

東北大学の川島隆太教授が著された大人のための○○ドリルが切っ掛けでした。

しばらくして任天堂の脳トレゲームが発売されてブームに拍車がかかった感じでした。

 

最近では電車の中でも脳トレゲームに興じている30才前後とおぼしき女性を見かけます。

その年代の女性が熱中するとブームも本格的であると有名な女性企業から聞いたことがあります。

脳トレも一過性ではなく本格的なブームになってきたようです。

 

脳トレってそもそも何でしょうか。

確かに、脳を鍛えて記憶力や創造力を強化するのが目的でしょう。

しかし、本当の目的は脳力アップ以上のもの、自分の脳をくるくると動かすことかも知れません。

 

脳トレ用の計算ドリルや漢字の書き取り問題をやっているときは、頭がくるくる動き回る感じがしませんか。

また、最近はやりの数独をやっているときは、これまた頭がどんどん動いている感覚が広がってきます。

あるいは、ミーティングで周りのひととアイディア出しをやっているときも同じような状況ではないでしょうか。

 

どうも私たちは頭、つまり脳を動かすのが大好きなようです。

 

それが大好きなので数独のようなクイズものにいったんはまると止められません。

止められなくなるのは頭・脳を動かして問題が解ける、閃いたときの快感が忘れられないからでしょう。

快感があるのは、閃いた瞬間に脳内でドーパミンという快感物質が分泌されるからだそうです。

 

以上はどちらかというと面白いことに取り組んでいるときの話しですね。

ところが面白くないことにも頭が働くことがあります。

何かに悩んでいるときです。

考えてもしょうがないと思ってみてもつい考え込んでしまう。

くよくよしてもどうにもならないのに繰り返し後悔してしまう。

 

いずれにしても、私たちの頭、つまり脳はいったん動き始めるとなかなか止められない。

 

それって、どうにかならないのでしょうか。

思い通りに動かすためのマニュアルがあったらどうでしょう。

脳の取り扱い説明書みたいなものがあったらいいと思いませんか。

実は、それがあるのです。

 

脳の取り扱い説明書と呼ばれているNLPとマインドマップです。

NLPは神経言語プログラミングのことです。

マインドマップは書き方自体が記憶力や創造力を高める能力開発法です。

NLPとマインドマップは機能する学習を支える2つの柱です。

 

ここで解説を始めると長くなりますので、

それぞれについては別の記事で順次お伝えしていきますね。

 

最後に、4月と5月に【マインドマップ基礎講座】を開催します。

あたなもふるってご参加下さいね。

 

 

 

 

 

 

機能する学習を日本の文化にする

|

初めまして近藤哲生と申します。

2008年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

 

私は自分のことを3つの肩書きでご紹介しています。

肩書きの一つが公認マインドマップインストラクターです。

もう一つが、実践NLPトレーナーです。

最後が、前の2つを統合する実践ブレイントレーナーです。

 

実践ブレイントレーナーとして、

ミッションなるたいそうなものを私はもっています。

そのミッションは「機能する学習を日本の文化にする」です。

 

意図は「学習者が、脳の仕組みを理解し活用して、知的な好奇心に満ちながら自律的に探求する学習」です。

これまでのようにやらされる勉強や苦痛を伴う学習ではなく、

全ての人が楽しみながら自分が持つ脳にある無限の可能性を探求していく学びを、

NLPとマインドマップを軸にした脳トレを通して、日本の常識に登録したいのです。

2021年11月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

2021年11月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

アーカイブ