機能する学習の最近のブログ記事
秋の連休も今日で終わり。どのようにお過ごしだっただろうか。このところ、「気づきとは何か」を考えている。皆さんにとって、気づきとはいかがなものだろうか。
例えば、「アッ」と呟いてしまうあの感覚である。1例だが、背景色である黒で描かれた顔が左右対称に向かい合っていると最初は見える絵があるとしよう。黒で描かれた図だと認識していたものから、ある瞬間の事、突然に白地の壺や花瓶の形が浮かびあがる。同様に、鼻の大きな老婆の絵から美少女が現れる例もある。
そして、気づきはその感覚の下層にもっと深い何かが起こっている何かだ。感覚的に表現してみると、固定していた視点が一挙に転換する。例えば、視線が人の目の高さから、鳥の目の高さに変化する。当然にこの時はより広大な情景を目にするから、新たな認識が起こり、その認識は人をして新たな思考に誘う。
あるいは、自分から抜け出た自分が何かを見ている自分を観ている感覚とも言える。つまり、自分を観ている自分は二重に認識している。認識の認識を得る、つまり上位の認識であるメタ認識をしている。メタ認識の視点は、ある認識を別の認識から捉え新たな思考を起動する。認識する対象に新たな意味づけを与える。
NLP的にみれば、メタ認識をしている時に、物事を多面的に捉える事ができる意味の再定義を起こすリフレーミングが可能だ。例えば、雨を嫌う視点にある営業マンはやる気をなくす。だが、それらの営業マンを眺める視点に立てる営業マンは、雨天を競争相手がやる気をなくしている好機に転じられる。
こうして、私たちは何かを認識する事から始めて、それを捉える自分を認識してと、ある対象をより大きな視点から捉えて新たな意味を持つ能力を蔵している。この能力は何かを認識している自分を一定の時間に心像として心の中に保持する能力があって可能な人と人に近いとされる数種の動物に可能な事だ。
例えば、片道90分の通勤時間を退屈だと認識しているとしよう。その認識ないに留まる限りは、通勤時間の意味づけはそこに釘付けされたままだ。だが、退屈だと認識する自分の姿を認識できる別の視点を持つと、通勤中に受動的に何もしないで退屈だとしていた自分も見えてくる。そこで、一例だが聴覚学習をする事が閃く。
この能力を発揮している瞬間こそが、問題が問題でなくなる瞬間だ。問題が解決した瞬間と言っても良い。話しを視点に戻せば視点の次数が1つ繰り上がった時であり、気づきを得ている時だ。人によってはこの時をブレークスルーと呼び、別の人はこの時を閃きや発見と言っている。これが常時ある人を天才と呼ぶのだろう。
では、そのように天才的な視点の持ち方、つまり頭の使い方は常人にはできないのだろうか。確かに、凡人には無理だと諦める事もできる。だが、天才そのものになれなくても、近づく事は可能だ。天才はエジソンが言うように努力の結果であるからだ。近づくために何らかの努力をなせば良い。
そうは言っても努力には辛くイメージがある。その一方、辛い努力をしなくても天才に近づける方法を提唱する人がいる。世界の叡智、神田昌典氏と勝間和代氏が大絶賛する「アインシュタイン・ファクター」共著者のウィン・ウェンガー博士だ。この度、喜ばしい事に博士が再来日し、11月27・28日とセミナーに登壇される。
それが、「プロジェクト・ルネッサンスセミナー」、イメージストリーミング・ワークショップ である。イメージストリーミングは脳内を流れる膨大な感覚情報を言葉にする事で認識し、その認識から博士独自の手法によりメタ認識を得る手法だ。天才的な気づきを得る方法である。まさに、天才の頭の使い方を学べる好機だ。
詳しくは下記をご参照いただきたい。
http://www.winwenger.jp/index01.html
もし、天才の頭の使い方に興味を持ち、ワークショップに参加申し込みをされる際はコメントに「近藤哲生から紹介」とひと言書いていただければ、ウェンガー博士の1ファンとして幸である。
成功に興味を持ち続けてきた。
もちろんまだ成功の途中にある。
だから、自らも学び、人にもそれをお伝えしてきた。
お伝えする形は、講座や日常業務の中と様々な姿を取る。
3日や4日間の講座を担当すると興味深いことにたびたび遭遇する。
その興味深いことを以下に述べよう。
ご参加の方が講座にご参加の意図は大きくいえば「成功」を目指す。
もちろん、個人的なことから公にかかわることまでと成功は多様だ。
その成功を手に入れたいとして参加費を払い、貴重な時間を投資される。
ところが、講座が進行するとある時から別の成功を果たす方が現れる。
その人は、「参加の目的とは違った成功」を目指す。
もちろん、そうなることを避けるために予防策をとる。
予防策として、全ての実習に参加することや、成果を作る秘訣を学ぶ。
だが、ある方は自分が成功するのに不可欠な実習に参加しない。
または、自らが参加を決めた講座自体を途中でリタイヤする。
そのやり方は、体調を崩す、電車に乗り遅れ遅刻をする。
あるいは、居眠りをする、課題をやり忘れる、落ち込む。
その創造性の多様さは実にみごとなものだ。
そうする理由は、ずばり「失敗することに成功する」こと。
講座において、実習に参加しない、居眠りをする、などの結果は明らかだろう。
人生に新たな可能性を開くといった成功とは真逆の結果が来る。
こうして、ある人は「失敗することに成功する」。
では、なぜそのようなことをするのだろうか。
確かに、その人が心理や知的に機能していないからかもしれない。
しかし、その人は全くして機能していると申し上げて間違いない。
人は決して故障などせず、全く常に機能し続けているからだ。
「人は完璧に機能する」とNLPの前提は教える。
と見ると失敗することに成功する人は、失敗することに機能している。
つまり、機能していないのではなく、機能が成功ではなく失敗に働いている。
驚くかもしれないが、結果はそれそのものだ。
実習を、講座をネグレクトすれば、確実に参加目的を果たせない。
それを目指して自らの全機能を傾注すれば、確実に失敗を果たすことができる。
なぜそうするのかが興味深い。
長年それを探求して1つの仮説に至った。
失敗することに成功する目的は「愛を求める叫びを発すること」である。
分かりにくい言い回しをして済まない、つまり「私を見て」がその本義だ。
自らが失敗し傷つくことで注目を得ることが、失敗を目指す目的である。
1つの情景を提示する。
母親に叱られて機嫌を損ねた幼児が時になすことがある。
例えば、母親の目の前で不意にミルクをこぼす、急に兄弟姉妹を叩く。
そう言う事態は必ずや、母親が自分以外のものに心を向けているときだ。
弟や妹に母親の愛が注がれているときに偶然と思えないタイミングでおきる。
それをなす幼児の意図は「ママ、私を見て」の叫びを届けることだ。
幼児が、母親の注目をして自らへの愛を感じるのは、健全である。
この場面でも、人は全く機能している。
機能の方向は愛情の獲得にあるが、ただその方法に失敗がある。
だが、成功することに手段を問わないレベルにおいては、成功している。
話しが迂回した。
講座の場面に話しを戻そう。
つまり、失敗することに成功する人は「愛を求める叫び」を出している。
換言すれば、注目つまりストローク、承認を欲求している。
「私はここにいる」「私はここにいた」、そのことを認めて欲しいと。
幼児の「ママ、見て」と符合していると見れないだろうか。
そう、体は物理的に大人であっても、心の中に幼児がいるのだ。
そのことをして、退行現象だとくくって話しを終わらせたくない。
人はいくつになっても自らの内部に幼子を宿している。
交流分析は「自然な子ども」と呼称する。
最近のセラピーは「インナー・チャイルド」という。
その幼子は私たちの根幹に宿しつつ、強力な影響を与える。
時には輝かしい創造性を発揮し、その創造性は黒い影をなすこともある。
影をなすことが、「失敗することに成功する」ことである。
では、どのようにすれば良いのか。
これまでの理路から心にいる幼子を支配することとも考えられる。
しかし、それで上手くいかないことはお察しの通りである。
支配が上手くいくのなら、講座をネグレクトする人はでない。
それができないから、「失敗することに成功する」。
1つのご提案ができるとすれば、折にふれて自分の俯瞰することだ。
つまり、自らを上空の視点から観察し、いま何をなし、なしていないかを見る。
そこから真の成功にむけて自らが機能するように、新たな選択をする。
もし承認を求めたければ、肯定的な形でそれをなす事を意図する。
肯定的な形をとることが困難なら周りに援助を求める。
援助を求めることは、決して失敗ではなく、成功への一歩だ。
成功の途中にありながらできることがある。
成功することに成功しているか大人の目で己を止まって観る。
「失敗することに成功したいのか」と自らに問いかけることはできる。
そうして、自らを成功することに成功するように機能させる。
さて、いまあなたはどうだろうか。
失敗すること成功しつつあるだろうか。
それとも成功することに成功しつつあるだろうか。
是非とも、そのことを始めた当初の目的に立ち戻って頂きたい。
21日に講座を開催した。
今年、最後の試験勉強術講座だった。
師走の日曜日、4人の方がご参加になった。
考えてみれば、忙しい週末のご参加であるからありがたい話しである。
その忙しさはクリスマスの準備や年末の大掃除と大変なものと拝察する。
その状況にありながら優先的課題として試験勉強を考えている人たちがいた。
その人たちが今回のご参加の4名である。
その中にはなんと北海道からのご参加もあった。
いま大企業における大規模な人員削減やリストラが喧伝される。
この社会状況で自分を守れるのは自分しかいないとお気づきなのだろう。
もちろん資格取得が必ずしも盤石の将来を約束するわけではない。
しかし、資格があればないよりも他者に較べて優位性を保てるのは事実。
そうでなくても、資格を取得した経験そのものが自信になり力になりえる。
募集を締め切った時点で本講座は7名のご参加で開講する予定であった。
だが、1名の方が師走の状況において参加費のご入金を失念されていた。
ご確認のお電話をを申し上げると次のようであった。
「忙しくてキャンセルの電話をできませんでした」とのお言葉。
なるほど。
忙しいとは心を忘れると書くから納得のいく話しである。
しかし、心を忘れたとして自ら選んだことを失念して良いのだろうか。
忙しい状況でも事をなし得る人となし得ない人にはやがて違いが訪れるからだ。
その違いは状況に左右されずに事をなし得るかどうかである。
換言すれば、状況主導の人生か、自分主導の人生かとも言えるだろう。
または、状況を創る人になるか、状況に自分を創られる人になるか。
人生は常に選択の連続である。
その選択に善し悪しはない。
が、いずれにせよ結果は大きく違ってくる。
その結果が出てから、「私の人生はこんなんじゃない」と泣き言をいっても遅い。
遅いがそれが人生における選択の結果というものである。
さらに言うなら選択の結果は常に学習される。
この場合の学習は「自ら決めたことは形にならない」である。
称揚していえば「自ら決めたこと、つまり思考は現実化しない」である。
学習は言い換えれば、習慣の形成であり、つまりは癖の成立である。
この事例は、自分がやろうと思ったことは結局は自分は「やらない」となるのだ。
勝とうと思っても勝てない、つまり負け癖がつくことになる、とも言える。
大事なので1つ申し上げる。
やれないのではなく「やらない」のである。
NLPは「人は常に十分に機能している」を1つの前提にする。
その前提からすると人は能力がないのではなく、能力がないように振る舞う。
その事からやらないことを「やれない」という言葉に置き換える。
出来事を言語化する過程で歪曲・省略、一般化のどれかが起こっている。
「やれない」と言う方には「やれないのか、やらないのか」とお聞きする。
または「何が止めているのか、誰が止めているのか」ともお聞きしたい。
そして、もう2名の方は身内のご不幸を理由にご欠席となられた。
ご不幸についてはお悔やみを申し上げるばかりである。
お亡くなりになった方のご冥福をお祈りする。
この事から二十数年前のあるセミナー風景を思い出した。
セミナー参加者がセミナー2日目に遅刻をした。
遅刻の理由は電車が遅れたとのことであった。
なるほど、仕方のない理由であろう。
それに関して講師が聞き慣れないことを口走った。
「電車が遅れたのはあなたのせいだ」と厳しい口調で述べたのである。
その言葉に当時は何と理不尽なことを述べる講師か、と憤ったものである。
しかし、今はその理不尽な言葉が極めて理を尽くした言葉に聞こえるのだ。
遅刻をした人が電車を遅らせたというのはレトリックである。
講師が言いたかったことは「遅れる電車に左右されたのは誰か」である。
つまり、行動の源、その結果を作った本人の準備なりあり方を問うたのだ。
もし遅刻をした人が、セミナーにもっと本気で参加をするならどうだろう。
たぶん、そのリスクも想定して余裕のある行動を取ると拝察される。
こうして理路をたどると次のように言えないだろうか。
理不尽な言葉を述べた講師が述べたのは「自分の人生に責任を持て」である。
講師業を営む者としてこの言葉が常に心のどこかにとげのように刺さっている。
参加者がいる限りどんなことがあっても講座の会場に行くのが筋目だからだ。
参加者の方は時間や資金を都合し、さらに決意もして会場においでになる。
だから「親や身内の死に目に会えないな」ともしばしば思う。
身内には本当に申し訳ない事であるが、それが講師という生業である。
閑話休題。
年末の忙しさにかまけて自分の課題を忘れるのは人の常。
あるいは年が改まって事を起こそうと先延ばしすることも同じ。
双方とも決して怠惰からそうするのではなく、ある種の勤勉さからそうする。
その勤勉さは変化を求めながら変化を先のばしにする自己防衛を表している。
人は成長を求めながら成長を避けようと常に勤勉である。
それについてはブログで諸所に述べてきた。
また各種の講座でも年寄りの小言のように繰り返してきた。
だが、なかなかご理解を賜ることができないことは残念な事である。
しかし、残念がってばかりはいられないので来年も声を発し続けるであろう。
さて講座も好評のうちに終わった。
ご参加の方からは様々な喜びの声を頂いた。
試験勉強に関して自信を持たれた、確信を深められた、納得された。
それぞれに試験勉強に前向きな姿勢で講座会場を三々五々後にされた。
そのあと共同開催者の萩原講師と矢嶋講師を交えて忘年会を催した。
久しぶりに馬刺しや美味しい手羽先を頂きながら酒を酌み交わした。
互いに一年を振り返り談話風発して楽しく一時を共有した。
また、来年も試験勉強術講座を開催する。
もっと多くの方に試験勉強術を通して様々な思いを伝えたい。
気づけば長文になったが、自分の選択について考えていただければ幸いである。
2009年の合格を目指す試験勉強術は2月11日に開催。
こんにちは。
BLI&NLPトレーナーの近藤です。
10月に入ってから、執筆活動にいそしんでいます。
実は、以前アップしていた試験勉強術を本にしています。
本を書いていて思うことは、アウトプットの頭に対する効果性です。
アウトプットと言うのは、ここでは本を書くことです。
文章を書いていると、さまざまなひらめきが降りてくるのです。
アウトプットをすると、情報が入ってくるとよく言われますが、
情報は外からも入ってくると考えられます。
でも、情報が入ってくるのは、
外からばかりではなく、自分自身からも入ってくるのです。
自分自身からというとちょっと変に聞こえるかもしれませね。
つまり、文章のアイディアが閃くわけです。
例えば、文章に煮詰まってなかなか書けないとき、少し休憩をとります。
休憩として、お茶を飲んだり、買い物に出かけたりします。
するとどうでしょう。
不思議なことに、文章書くためのアイデアが突然に閃くのです。
どこからともなく、「こういうふうに書けばいいんだよ」と自分がささやく。
なんだかスピリチュアルみたいで怪しい話に聞こえるでしょうか。
でも、慣れてしまうと結構それがおもしろいのです。
なぜならば、自分が自分に答えを教えてくれるわけですから。
なぜそのようになるかを考えてみましょう。
たぶん、そうなるのは脳の性質があるからでしょう。
私たちの脳は、目標を達成しようとつねに働いています。
だから文章を完成させようという目標を無意識に持つ。
すると、目標を達成しようと対してずーっと脳が情報を集めている。
集まった情報が形となって、脳の中でひらめきとして現れるようです。
その前提となっているのは、
アウトプットをしてどう書けばいいかを考えること。
疑問を持つことがが、
つまり脳に対して目標設定をすることになるのでしょう。
目標設定の効果は、
フォトリーディングのような速読法にも取り入れられています。
速読のプロセスに入る前に、
なんのために本を読むか目標設定をします。
目標設定を受けて、脳は目標の達成に向けて情報を集めてくれます。
だから、一時間で1冊の本を読むような高速な情報処理ができるわけです。
ここで大事なのは高速な情報処理ということです。
結果的に早く読めるだけです。
よく、早く読むことが速読の本願のように言われます。
でも考えてみると、
いくら早く読んだとしても、欲しい情報が入らないとしたら無駄です。
あるいは目的に沿わない情報をいくら集めても、
時間をどぶに捨てるようなものです。
無駄にならないために何をすればいいか。
答は、自分は何が知りたいのか目標を決めること。
目標を明確にするために役に立つことが、アウトプットです。
アウトプットとは、知り得たことを誰かに話す。
本で読んだことをもとにして自分の知見を本にする。
本から得た情報を自分なりに加工してプレゼンテーションをする。
以上のようなことを言います。
アウトプットをするときには、
なんのためにというのが前提にありますから、
いやがおうでも自然に脳に対して目標設定をしているわけです。
ですから、アウトプットを前提に本を読む。
あるいは文章を書いていく。
誰かに話す。
そうすると、自分自身の潜在意識が、
つまり脳が自分に情報を与えてくれます。
ことわざに、
「求めおさらば与えられん」、
と言いますが実は、「与えよ与えられん」、
というのが本当なような気がします。
それは、
文化人類学者のレビ・ストロースが言っていることが、
相似形になっているような気がします。
ストロースは、次のように言います。
人は自分が欲しいものをまず周りに与えることで、
人は自分が欲しいものを、次に周りから与えられる。
ストロースがいうことに似て私たちは、
アウトプットすること、つまり与えることで、
欲しい情報を周りや自分自身から、
インプットされるつまり与えられるわけです。
自分が覚えようとすることをアウトプットしてみることです。
アウトプットしている状況が体験記憶として頭に残りますから、
頭に残った体験記憶が覚えようとしていたことを思い出す手掛りになります。
結果で2アウトプットすることが、自分自身にインプットすることになります。
何か覚えようとするとき私たち一生懸命インプットに励みますが、
よく考えてみるとここにもパラドックスがあるようです。
すなわち、アウトプットはインプットです。
インプットしたいならば、まずアウトプットすることです。
アウトプットの大切さを語る近藤の講座は下記にあります。
お久しぶりです。
BLI&NLPトレーナーの近藤です。
BLIはブザン公認インストラクターの略で、
マインドマップのインストラクターの公式名称です。
久しぶりのアップですが、長文になっております。
お時間があればご笑覧ください。
昨日は知的な関心を誘うテレビ番組を見ました。
NHKが放映した読字障害を取り扱ったスペシャル番組です。
その番組を見て腑に落ちたことがありました。
「人は文字をやはり音声情報に変換している」ことです。
脳トレの各種講座を開催すると、
しばしばお受けする質問がありました。
「黙読や速読のときに、
音声化してしまっているようなですが、
これでいいでのしょうか」でした。
「本を読む、理解することは、すなわち思考です。
だから、音声化つまり言語化が起こるのは自然なことです」と、
答えております。
その答えの背景がありました。
東北大学の川島隆太教授が行われている脳機能イメージングです。
川島教授の研究発表を拝読すると、
黙読も音読も当番組が言っていたように言語野、
つまり言葉を組み立てるブローカー野と、
音声の意味を理解するウェルニッケ野が働いていることが分かります。
つまり、読書するという思考活動に音声化、
つまり言語活動は欠かせないことが理解できます。
また、被験者になったある大学教授が、
授業のリハーサルを頭のなかでやっている時も、
脳機能イメージングで脳の活性化を調べると、
同じく言語野が盛んに働くことが分かっています。
すなわち、「思考は言語」と言うように、
思考活動の端的な例である読書においても言語活動、
すなわち思考活動あらわれとして音声化は必須といえます。
思考は言語というと、極端な言い方のようでしょう。
が、「言葉を使わずに、何かを考えて下さい」を試すとどうか。
その言葉をお聞きになった瞬間に、
「言葉を使わずに考えるって何」とお考えになったでしょうか。
よって、思考は言語ともうしあげましたが、偏った言い方ではなく、
脳科学的に見ても的外れではないと断じて良いのではないでしょうか。
では、フォトリーディングにかかわる音声化はどうか。
確かに、素速く読めるために音声化はされていないように思われます。
正確に言えば、ページをめくっているフォトリーディングの最中は、
文字を視覚情報として認知するだけの段階なので音声化はないでしょう。
しかし、
フォトリーディング・ホール・マインドシステムとして考えるとき、
本の内容を理解する段階のディッピング、すなわち活性化の段階で、
文字の音声化はあって当然であると考えます。
理由はこうです。
フォトリーディングについて、
脳波の変化は公表されているが言語野の活動の有無は言われていない、
つまり音声化がないとは言われていない。
加えて、開発者のポール・R・シーリィ氏が、
フォトリーディング・ホール・マインドシステムで、
音声化について否定していない。
川島教授が公表されている黙読の脳機能イメージを見ると、
言語野が活動し音声化のプロセスは働いている。
以上により、フォトリーディングで本を読み理解することも、
思考活動の一端であるからもちろん音声化は伴うと考えられます。
もちろん、
「フォトリーディングのシステムに音声化は当然にある」
と申し上げたからといって、その効果性を否定するものではありません。
小生もフォトリーディングを愛用しています。
では、なぜあの様に早く読めるのか。
プレビューやフォトリーディングと言った事前の準備をして、
読むべきところをディッピング、つまり拾い読みをするからです。
準備段階で本の内容は何度か目にしているわけで、
自分が読みたいところに馴染みを持っている、
つまり初見ではない楽譜なら技量をもつ奏者なら、
楽譜の曲を上手く弾けることに似て、
フォトリーディングでも早く読めるとも言えるのではないでしょうか。
最後に、どのような読書や速読法をするにしても、
それが思考活動である以上、思考は言語から申し上げるに、
それらの速度や理解度を左右するのは言語力ではないでしょうか。
ならば、言語力は何で得られるかですが、
結局は地道に日頃している読み書き、
つまりは国語力を延ばすことと言えるようです。
読書を効率よくするために速読を人は目指すのですが、
実は速読を上達させるのに地道な読書による言語力の鍛錬が不可欠、
というパラドックスがあるのではないでしょうか。
地道に蓄えられた語彙があるから、
一瞬の目視にて音声化を意識できない速度で文字の意味を把握できる。
語彙量と判読速度の比例が人をして速読と思わしめている。
例えば、「カレーライスを食べた」なら、一瞬に意味を判読できる。
しかし、「問題は某社のCDS清算会にある」は意味不明でしょう。
その理由はCDSや精算会が何を意味するか語彙がないことです。
つまり、読書の速度はそれをする人の語彙力に比例するのです。
語彙力は言語力を支え、やがては思考力も支える。
地道な言葉の勉強が必要ではないでしょうか。
故人に曰く「急がば回れ」。
地道で効果的な勉強法をお伝えする講座を下記からご覧下さい。
初めてのマインドマップで学ぶ合格を目指す試験勉強術
皆さん、こんにちは。
実践ブレイントレーナーの近藤です。
NLPトレーナーと公認マインドマップインストラクターの2つのライセンスを持っています。
数年前から始まったのが脳トレブーム。
東北大学の川島隆太教授が著された大人のための○○ドリルが切っ掛けでした。
しばらくして任天堂の脳トレゲームが発売されてブームに拍車がかかった感じでした。
最近では電車の中でも脳トレゲームに興じている30才前後とおぼしき女性を見かけます。
その年代の女性が熱中するとブームも本格的であると有名な女性企業から聞いたことがあります。
脳トレも一過性ではなく本格的なブームになってきたようです。
脳トレってそもそも何でしょうか。
確かに、脳を鍛えて記憶力や創造力を強化するのが目的でしょう。
しかし、本当の目的は脳力アップ以上のもの、自分の脳をくるくると動かすことかも知れません。
脳トレ用の計算ドリルや漢字の書き取り問題をやっているときは、頭がくるくる動き回る感じがしませんか。
また、最近はやりの数独をやっているときは、これまた頭がどんどん動いている感覚が広がってきます。
あるいは、ミーティングで周りのひととアイディア出しをやっているときも同じような状況ではないでしょうか。
どうも私たちは頭、つまり脳を動かすのが大好きなようです。
それが大好きなので数独のようなクイズものにいったんはまると止められません。
止められなくなるのは頭・脳を動かして問題が解ける、閃いたときの快感が忘れられないからでしょう。
快感があるのは、閃いた瞬間に脳内でドーパミンという快感物質が分泌されるからだそうです。
以上はどちらかというと面白いことに取り組んでいるときの話しですね。
ところが面白くないことにも頭が働くことがあります。
何かに悩んでいるときです。
考えてもしょうがないと思ってみてもつい考え込んでしまう。
くよくよしてもどうにもならないのに繰り返し後悔してしまう。
いずれにしても、私たちの頭、つまり脳はいったん動き始めるとなかなか止められない。
それって、どうにかならないのでしょうか。
思い通りに動かすためのマニュアルがあったらどうでしょう。
脳の取り扱い説明書みたいなものがあったらいいと思いませんか。
実は、それがあるのです。
脳の取り扱い説明書と呼ばれているNLPとマインドマップです。
NLPは神経言語プログラミングのことです。
マインドマップは書き方自体が記憶力や創造力を高める能力開発法です。
NLPとマインドマップは機能する学習を支える2つの柱です。
ここで解説を始めると長くなりますので、
それぞれについては別の記事で順次お伝えしていきますね。
最後に、4月と5月に【マインドマップ基礎講座】を開催します。
あたなもふるってご参加下さいね。
初めまして近藤哲生と申します。
2008年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
私は自分のことを3つの肩書きでご紹介しています。
肩書きの一つが公認マインドマップインストラクターです。
もう一つが、実践NLPトレーナーです。
最後が、前の2つを統合する実践ブレイントレーナーです。
実践ブレイントレーナーとして、
ミッションなるたいそうなものを私はもっています。
そのミッションは「機能する学習を日本の文化にする」です。
意図は「学習者が、脳の仕組みを理解し活用して、知的な好奇心に満ちながら自律的に探求する学習」です。
これまでのようにやらされる勉強や苦痛を伴う学習ではなく、
全ての人が楽しみながら自分が持つ脳にある無限の可能性を探求していく学びを、
NLPとマインドマップを軸にした脳トレを通して、日本の常識に登録したいのです。
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