MindMap: 2009年2月アーカイブ

フォトリーディングを魔法にする方法

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最近、ある人から不思議な話しを聞いた。

 

その方は、フォトリーディングのインストラクターである。

「フォトリーディングの講座に魔法を求める人がいて困る」と言うのだ。

 

魔法とは、一瞬で書籍や法律文章を理解することである。

または、英語の原書を一瞥しただけで分かるようになることだ。

そのようなことが不可能だと分かると、苦情を述べる人がいるそうだ。

 

それはいかがなものだろうか。

確かに、奇跡を期待したくなる気持ちも分かる。

私もそのような時期があったので、少なからず理解できる。

だが、その期待は裏切られても仕方がない、というのが私の考えだ。

 

もし、そのようなことができるならどうだろう。

誰が額に汗して本を読み、法律を学び、英語の辞書をめくるだろうか。

本当にそのようなことができるなら、とっくに教育に採用されるはずだ。

逆にできたとしたら、教育は決して採用しないだろう。

もし採用したら、それは教育でなくなるからだ。

 

そうでなくても、そのようなことが本当にできたら困ったことにならないか。

何でも見た瞬間に理解できることを想像して見て欲しいのだ。

もしそれが可能ならどうだろうか。

 

自分が理解したくないことも瞬時に理解してしまうことになる。

知りたくないことの情報が一瞬にして精神に乱入してきてしまうのだ。

それが事実として起こるとしたら、それに遭遇した心は混乱の極みだろう

 

極論に聞こえるかもしれないが、精神は崩壊に見舞われるだろう。

そこまでいかないにしろ、要するにそうなれば洗脳と同じである。

本人の意志とは無関係に短時間で精神的な変化が起こるからだ。

 

このようなことは知的健康から見たら危険ではないだろうか。

フォトリーディングに魔法を求めるのはそれを良しとすることだ。

魔法を求める人は、そのような魔法が自分自身にあって欲しいのだろうか。

本当にそれでよろしいのか。

 

ただし、フォトリーディングが危険だと言っているのではない。

そうではなく、フォトリーディングは読書法の1つなのだ。

あるいは情報獲得法であり、決して魔法ではない。

そのことを申し上げたいのだ。

 

日常的にフォトリーディングを活用するが、私に魔法は決して起こらない。

確実に理解や読書の速度が上がったりするのは確かなことだ。

だが、それは決して奇跡ではなくあたり前のことだろう。

それが洗練されたテクニックというものだ。

 

ただし、その効果があらわれるには条件があるのだ。

専門分野であったり、馴染みの作家であれば効果を実感できる。

考えてみればあたり前だが、そうなるのは語彙や知識があるからだ。

語彙が本に意味を与え、知識が推論を助けてくれるからなのだろう。

だから、専門分野や馴染みの作家ではフォトリーディングの効果が顕著に現れる。

 

以前、速読のパラドックスをこのブログに記した。

速読をするには、時間を掛けて本を読み語彙を増やす。

そうすることが、結果的に速読を助けるから精読の大切さを強調した。

 

以下は推測だが、フォトリーディングには省略された前提がたぶんにある。

その前提は、繰り返すが読者が語彙や知識を豊富に持っていることだ。

読者が脳内に高速検索できる辞書を持っていたらどうだろう。

想像するにまさにフォトリーディングが可能なはずだ。

目にしたことを高速に意味の検索できるからだ。

 

では、そのような脳内辞書は、どうしたら可能だろうか。

常識的に考えれば、日頃の努力や勉学によってできるはずだ。

過去を振り返れば、勉学で努力した人がでそうであったことが思い出される。

だから彼は高速に教科書を理解し優秀な成績を収めたのだ。

 

たぶん、フォトリーディングは地道に勉強する人にこそ恩恵をもたらす。

コツコツと未知の言葉を調べ、地道に知識を増やす人にメリットがあるのだ。

 

さて、考案者はNLPを学んでいる。

そのNLPを使って読書が得意な人を研究したはずだ。

その研究手法をNLPではモデリングというが、大方そうしただろう。

そうして、効果的な読書の戦略をフォトリーディングとして再構築したのだ。

そう断じるのは、各所にNLP的な手法が見受けられるからだ。

 

ただし、このプロセスで省略された前提があるようだ。

それが先に申し上げた読者の語彙や知識の豊かさだ。

 

なぜそれが言い落とされているか。

もちろん、それを言わないのは多くの速読法も同じである。

1つの推測を申し上げれば、それを言っては商品として売りにくいからだろう。

だからといって、速読法の全般が無効であることを意味しない。

努力を敬遠する人を遠ざけたくない心使いからだ。

 

例えばの話しである。

「朝起きたら顔を洗いましょう」といちいち言わない。

「眠る前は歯を磨く方が良いですよ」も同様に言われない。

フォトリーディングで、地道に語彙や知識を増やすことはそれと同じだ。

 

こうして魔法がフォトリーディングに存在しないことが分かった。

フォトリーディングを効果的にするには地道に勉強して語彙を増やすことだ。

 

もし、フォトリーディングを魔法たらしめたければ、額に汗して勉学する。

これこそが、考案者が省略した本当の前提かもしれない。

もちろんこれは試験勉強術にも通じている。

 

合格を目指す試験勉強術講座は3月20日に開催。

地道に効果的に合格を目指す試験勉強術

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2月11日、試験勉強術の講座を好評のうちに修了。

 

遠路はるばる大阪からの方も含めて14名がご参加くださった。

週のなか日とはいえ、祝日のお休みなのにありがたいことである。

 

講座では、ご参加の方から実習の感想をお聞きする。

お聞きするのは、体験を言語化して学習効果を高めるためだ。

勉強のモチベーションを上げる実習の後に驚くべき感想を拝聴した。

ある方は、試験に合格した場面から逆順に合格への過程を垣間見たとのこと。

 

その過程が、創造的思考としてご紹介した、未来の歴史である。

未来の歴史は、歴史が過去のものと考えると、奇異に聞こえるだろう。

だが、未来を既に経験したこととしてみると、あり得ることとできる。

現に、我々は未来の歴史を持つから、デジャブを経験する。

 

過去のある時、未だ来ぬ時と場所を想像する。

次に、それと近いものを現在に見聞きする。

それが既知感・デジャブになる。

その既知感が、まさに過去において未だ来たらざる歴史の存在を教える。

よって、未来の歴史は現に存在すると言えるのではないだろうか。

 

未来の歴史はクリスティーナ・ホール博士が提言する概念だ。

現在の時点から未来を想定して、その未来からさらに未来にいたる。

さらなる未来から、未来を振り返ったとき、それは過去つまり歴史になる。

それをしてフュウーチャー・パースト、未来の歴史と博士は教えている。

 

人は心の中で時間軸を自由に移動できる。

その様は、さながらタイムマシンだ。

その時間軸をNLPではタイムラインという。

 

タイムラインをイメージの中で移動して人は未来の歴史を垣間見る。

それが人が持つ創造的な思考であり、成功者が取り得る思考パターンだ。

その思考パターンは未来から現在に向かって思考が逆流する。

通常の思考パターンとは順逆が転倒しているのだ。

 

つまり、この思考は結果から原因を想像する。

望みの結果を思い描きそれを支える原因、つまりそれまでの未来や現在を思う。

よって、この思考をする人は、必勝の人であり、成功者となりうるのだ。

このような思考パターンを実習あとのご感想で拝聴して驚いた訳だ。

たぶんその体験をお話しになった方は合格を確実に目指されるだろう。

 

そうではあるのだが、決して奇跡的方法の存在を示唆しているのではない。

そうではなく、合格を目指せる人は実に地道で努力家なのである。

そのイメージがあるから、額に汗して勉強できるのだ。

そうして取得した資格だからこそ価値がある。

 

その一方、最近の風潮はそれをレバレッジなどと言いつのり認めなかった。

ところが、レバレッジについては米国経済の状況が見事に教えている。

ご覧の通りの混乱ぶりがレバレッジの行く末である。

 

加えて、要領ではなく、まじめに稼ぐことがいま見なおされている。

ある程度の要領も大切だが、試験勉強も同じではないだろうか。

結局は、努力のひと、地道な人が合格する。

地道に努力して合格を目指せる勉強術を講座ではお伝えしている。

ただし、勉強術は気合いや根性ではなく脳科学を軸にした効果的なノウハウだ。

 

共同開催者の萩原氏と夕食を共にしつつ講座の振り返りをしていたときのこと。

「我々が伝えたいことはまじめに勉強することですね」と萩原氏が仰る。

 

萩原氏は華のあるお顔立ちであるが、実に体育会系なのだ。

そのご発言にやはり体育会系の近藤は我が意を得たりの感を深めた。

そのせいかビールが一層おいしく感じられ一気にビールジョッキの底を深めた。

 

そんな2人がまた、3月20日(金・祝)に試験勉強術の講座を開催する。

 

 

 

 

 

まず、前回を振り返る。

 

方法記憶とTEFCASについて述べた。
方法記憶は手続き記憶とも呼ばれるが、やり方の記憶だ。
TEFCASは成功に向かって螺旋状に上昇する変化の過程である。

 

そこから効果的なマインドマップの学び方をお伝えした。
さて、今回の話をすすめよう。

 

今回はマインドマップの習慣化について述べたい。
書籍をみてマインドマップを覚えようとする人に共通点がある。
その人たちがもつ共通点が、マインドマップを習慣にできないことだ。

 

なるほど、別に習慣にする必要はなさそうである。
だが、マインドマップを習慣にする必要が多いにある。
習慣にすべきとは言わないが、習慣にするに越したことはない。

 

その理由は、マインドマップがマインドスポーツだからだ。
スポーツは、定期的に練習することでその技能が確実に向上する。
繰り返し練習することで、技術の試行錯誤が行われるからそうなる。
マインドマップも同様である。

 

野球の捕球動作をみてみよう。
繰り返し捕球練習をすることでどのような球も取れるようになる。
バレーボールのレシーブも同じだ。
繰り返しレシーブの練習をすると様々なレシーブが可能になる。

 

こうしてみてみるとマインドマップも同じことが言える。
繰り返しマインドマップを書いているとどうなれるだろうか。
マインドマップで様々な思考の動きを捉えることが可能になる。

 

もちろん繰り返し書いていなくてもある程度はそれができる。
だが、繰り返し書く、つまり習慣にすることで確実にできるようになる。
そのことは、例えばブランチの上にかく言葉を選ぶときに顕著にあらわれる。
その時の発想や連想、考えを表す最適のキーワードを選べるようになれるのだ。

 

確かに、マインドマップは美しく書くことが強調される場合がある。
だが、見た目は美しくとも、情報的には美しくない場合がある。
それが、言葉が発想や連想を適確に捉えていないときだ。

 

では、どうやったら適確に考えを捉えられるようになるのか。
前述の通りにマインドマップを繰り返し書く、つまり習慣にすることだ。
十枚書いたより二十枚、二十枚より百枚書いた方が確実に技量は上達する。
それはマインドマップに限らず文章を書くことでも同じだろう。
どれだけ書いたかに比例して書く人の言葉は力を得る。

 

思考を補足する力は、言葉の選び方からイメージの書き方にもあらわれる。
ただし、イメージが絵的に上手くなることだけを言っているのではない。
そうではなく、絵的に下手でも適確なイメージを描けるようになる。
適確とは、その時の思考をそのまま切り取った様であることだ。

 

下手でもその絵を見たり、思い出したりした瞬間に様々なことが起こる。
例えば、マインドマップの内容を短時間に想起できる。
その時の発想をさらに広げることが可能になる。
望まれる記憶力や発想力の向上が起こる。

 

そうなるのもマインドマップを習慣にできた時の話である。
もちろん習慣にする際は書き方に悪癖をつけないことが大事だ。
悪癖があるまま繰り返し書くと、悪癖も確実に強化されるからだ。
それではマインドマップを書くことで得られる効果が減じてしまう。

 

悪癖を避けるにはどうするか。
早いうちに書き方の指導を受けることだ。
そうすることで安心してマインドマップを習慣にできる。
正しい書き方を習慣にしてこそ、マインドマップのメリットを享受できる。

 

マインドマップ基礎講座の開催は3月1日と8日

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